イノベーションとは人々の行動が変容することである

内田(2022)は、イノベーションの本質とは、新しい製品・サービスを消費者や企業の日々の活動や行動の中に浸透させること、すなわち人々の行動を変容させることだという。であるから、単に新しいものを発明したり、技術革新によって新たな製品を作ることは、それが人々の行動変容に繋がらない限り、イノベーションとはいえないという。むしろ、人々の行動変容に成功することができるのであれば、自分で新しいものを作る必要さえないということである。誰かが作り出したものを利用しても構わないし、技術革新がなくても価値は創造できる。大事なのは、これまでにない価値の創造によって「顧客の行動が変わること」「顧客の暮らしを変える」ことなのである。

 

では、イノベーションを成功に導く要素とはなんだろうか。内田によれば、鍵となるのが、人々を取り巻く環境の変化や商品・サービスを利用する人の心理変化である。内田は、イノベーションを引き起こす源泉として、「社会構造」「心理変化」「技術革新」を3つのドライバーとし、その組み合わせを「イノベーションのトライアングル」と呼んでいる。社会構造とは、社会や業界の根幹を覆すような変化を指し、心理変化とは、消費者を代表とする市場参加者の行動、常識、嗜好の変化を指し、技術革新とは、自社の技術のみならず、業界や社会インフラの技術も含む。要するに「環境要因の変化を捉えたものこそが、イノベーションを起こしうる」「環境変化を自社の成長に繋げているからこそ、イノベーターに成りうる」ということである。

 

内田は「これまでにない価値の創造によって顧客の行動が変わること」として定義されるイノベーションについて、上記のトライアングルによりドライバーを捉え、これらを梃子にこれまでにない新しい価値を創造し、その新しい価値が顧客の態度を変え、さらには顧客の行動を変えるというプロセスを「イノベーションストリーム」と呼んでいる。これが実現すれば、一度行動を変容した人々は(便利すぎて)(当たり前になるため)元の生活に戻れなくなるという不可逆性を獲得する。具体例を挙げれば、ファストフード、コンビニエンスストア、シャワートイレ、スマートフォン、オンライン会議、動画配信サービスなど、枚挙にいとまがない。

 

先述の通り、内田は、イノベーションを起こすのに必ずしも自分で新しいものを作り出す必要がない、技術革新を実現する必要がないことを強調する。「行動変容としてのイノベーション」を実現するために大切なのは、「変わりゆく変化の中で、何が求められるかを理解し、適切な人に適切な価値を提供することであり、その際、価値を新しく作る必要はなく、既存価値を転用することで人々の行動変容を起こすことは可能」だというのである。例えば「油揚げをさらうトンビ」の例えにより、後発者として、他社が生み出した新しいビジネスや商品を同一市場で磨き上げることで顧客の行動変容を実現したケースや、イノベーションのドライバーを味方にすることで、他社が生み出したビジネスや商品を別の市場に転用して成功したケースなどを内田は紹介する。

 

また、連続したイノベーションを生み出すプロセスとして、同一顧客に対して、ある行動変容を起こした後、その行動変容をベースとする新たな価値の提供により更なる心理変化と行動変容を起こすケースや、ある顧客に対してもたらした行動変容をベースとして、最初のイノベーションとは異なる顧客に対してイノベーションを連続させるケースがあるという。

 

前者のケースを生み出すためには、最初のイノベーションで得た顧客との接点を最大限に活かしながら顧客の状況変化を把握し、イノベーションのトライアングルに起こる変化とそのインパクトを早期に捉えることが重要だと内田はいう。後者のケースを生み出すためには、最初のイノベーションから自社の強みを理解し、異なる顧客を狙った際に顧客の意見を吸い上げすぐに製品やサービスにフィードバックしていく仕組みをつくり上げること、他社が最初のイノベーションを起こした場合は、先行する他社の弱みを自社の強みで埋めること、先行する他社が取りこぼしている顧客をターゲットとすることなどが重要だという。

文献

内田和成 2022「イノベーションの競争戦略: 優れたイノベーターは0→1か? 横取りか?」東洋経済新報社