アート思考をビジネスに活かす

秋元(2019)は、現代アートは「最先端の思考」と「感性の技術」であるといい、アートとビジネスは全く異なるとことわりつつも、アート思考の本質を理解することがビジネスにも有用であることを示唆する。実際、ビジネスの中にもアートが重視する人間の直感、感性、感情、価値観というものが知らず知らずに入り込んできているのが今の時代だという。そして現代アートは感性や直感というこのだけでできているわけでなく、観念的な世界とも結びついており、社会や政治とも深く関わっているという。よって、一見するとビジネスとは程遠いアートを人間の営みという高みから俯瞰して見れば、これまでとは違う見方で社会の状況や人間の内面の変化について学ぶことができ、常識にとらわれないアートのアプローチによって物事を捉えることで、自分とは違う世界のありようを想像できるようにもなると秋元は説く。

 

ジェームズ・タレルが「アーティストとは、答えを示すのではなく、問いを発する人である」と述べているように、これからの時代は、答えを引き出す以上に「今、何が問われているのか」「課題は何なのか」という視点から「正しい問いを立てることができる洞察力とユニークな視点」が求められると秋元は主張する。ビジネスの世界でも、改めて人間のあり方を根本から考えて、将来に向けていかにあるべきかを構想してビジネスを組み立てていくことが求めらるわけである。現代アートは「現在の人間像について多角的に考えて、未来に向けて、さらなる可能性を持つ新たな人間像を求め、人間の概念を拡大することに挑戦する試み」だと言えるので、現代アートの思考法が、新しいことに挑戦し、クリエイティブな発想を展開したいと考えるビジネスパーソンにとっても非常に可能性があるという。

 

また、世界中のアーティストは、鋭い嗅覚で時代を捉え、思いもよらない発想でアートとして表現していると秋元はいう。感度のいい野生動物のように時代の変化を肌で感じる直感力を持ち、それらをイメージしていく力があるという。これは「人が見えていない世界」を先取りすることであ離、新たな価値を生み出し世界を変えていく原動力になることを示唆する。見えていないものを表現するためには、見ていると思い込んでいるものが、本当に見ているものではないと考えることが大切だという。つまり、常識の罠から抜け出し、視覚以外の触覚、味覚、聴覚なども含めて原始的で根源的な身体感覚を用いて身体全体で知覚することに気を配って外界と接触し、情報を直接的に得ていく。これはいわば野生の目である。また、「感じる」と共に「考える」。「わからないもの」に接することで思考が促進される。よって、わからないものに対して自分なりに粘り強く考え続けることが重要だと秋元は示唆する。

 

秋元によれば、アーティストたちは、世界を疑い、別の見方で社会や世界を捉えようとする。それは、自らが世界と直に触れ合いたいと望んでいるからである。歴史的な視野の中に自分を置き、自分の人生を通して、新たな見方を歴史に加えるべく、日々努力している。それが、ゼロから価値を生み出す創造的な活動となり、ビジョンとそれを実現する内なる情熱がその原動力となる。とりわけ現代アートでは、今を最優先して「時代」をテーマにしていること、そして、眼の前のものとそれを指し示す意味ないようには距離や断絶があって、そこに様々な意味が流れ込んでいるといった特徴を持った作品が生まれてくる。新しいアイデアは非常に集中した状態の中で生まれる。ハイデガーが、突然のアイデアのひらめきを「出現」と呼ぶように、アイデアは自ら導き出すものではなく、どこからか現れるものだと考えることも可能である。しかし、その機会を得るためには不断の追求がなければならない。つまり、血の滲むような努力の果てに新しいアイデアは生まれてくるのだと秋元は主張する。

 

秋元は、アートの鑑賞を通じて、常識を疑い、普段の見方とは異なる見方ができたり、認識の幅を広げたりできるという。とりわけ、現代アートは、深く感じ、考えるという傾向を重視する特徴がある。現代アートは、自分と社会との関係を探していく羅針盤のようなものだという。つまり、歴史的、哲学的な見方を大切にして、大きな物語に自分を関係づけようとする一方で、一人の人間の目の前の現実を無視しない、例外にしない、そんな両者が成り立つ解答を見つけようとする。大義を探りながら、個別のものも活かす。ミクロとマクロの両方の視点を持つ、あるいは、歴史的な時間軸の中でどの時点に自分がいるのかを考える。その時には論理だけでなく、感性や感覚を使って物事を見る、その前提としてゼロベースで考えることから始める。

 

現代アートの鑑賞は、自らの頭で主体的に考えることのトレーニングにもなると秋元はいう。アート作品を鑑賞するということは、アーティストから発せられた問いを受け取ることだという。その問いに対し、鑑賞者が想像力を働かせて理解しようとする。それによって作品が完結するのが現代アートだというのである。であるから、アーティストの発した問いについて考え、作品と対話することが鑑賞の醍醐味である。「感じる」とともに「考える」ことを通して、答えを自分なりに考える、自問自答していくことが現代アートを理解するプロセスである。答えがなくても考え続ける。考え続けることで多くのアイデアや見方を発見することもある。つまり、わからないものに接することで思考が促されるのだと秋元はいうのである。

文献

秋元雄史 2019「アート思考 ビジネスと芸術で人々の幸福を高める方法」プレジデント社