冨島は、金融理論は要素還元主義の考え方が成功している分野であり、「無裁定条件」「完備性」「効率的市場仮説」といった基本的仮定によって組み立てられていると解説していることを以下の記事で紹介した。
このような金融理論のハイライトとなるのが、金融技術の代名詞ともいわれ、ノーベル経済学賞の受賞にもつながり、オプションなどの金融派生商品(デリバティブ)の価格付けに幅広く用いられるブラック・ショールズ方程式である。オプションとは、ある原資産を特定の価格で売買できる権利を指す。ノーベル賞級であるブラック・ショールズ方程式を理解するのは大変であるが、冨島は、この方程式の本質を直感的に理解するための効果的な解説を行っている。以下に説明するブラック・ショールズ方程式の理解や導出でも「無裁定条件」「完備性」「効率的市場仮説」の3つの仮定が用いられる。
要素還元主義が示すとおり、ブラック・ショールズ方程式も、いくつかの部品の組み合わせでできていると考えられるので、部品に分解しながら理解すると分かりやすい。まずは、オプション価値を要素に分解しながら考えてみよう。まず、オプションの価値が「本源的価値+時間価値」に分解できると冨島はいう。「本源的価値」は、オプションをいま行使したらいくらのペイオフがあるかを示す値である。「時間価値」は、オプションの満期までに価値が上がる可能性を考慮した値である。つまり、オプションは、その権利を行使して原資産を買ったり売ったりすることで得られる利益が大きければ価値が高く、さらに、オプションの行使期間が長いほど価値が高い。
そして、冨島によれば、一見複雑な微分方程式であるブラック・ショールズ方程式の数式も、その数式を構成している3つ部品である「グリークス」ごとに分けて考えると理解が容易になる。3つのグリークスとは、ギリシャ語で表される「デルタ」「セータ」「ガンマ」の項である。デルタは、「原資産価格が1単位変わったときに、オプション価値が何単位増えるか」を表す。セータは、「時間経過によるオプション価値の減少」を表す。「ガンマ」は、「原資産が1単位変わったときに、デルタがいくら変わるか」を表す、、いわゆる二階微分である。ブラック・ショールズ方程式は、この3つのグリークス(デルタ、セータ、ガンマ)を部品として含む微分方程式なのである。
ブラック・ショールズ方程式では、デルタ、セータ、ガンマの3つを含む数式の右辺がゼロである。なぜゼロになるのかを理解するうえで必要な概念が、「デルタヘッジ」と「完備性」と「無裁定条件」である。デルタヘッジ、あるいはダイナミックデルタヘッジとは、オプションを保有すると同時に原資産と無リスク証券を組み合わせて動的に売買することによってリスクをゼロにする方法を指す。完備性の仮定によると、どのような種類のオプションであっても、そのペイオフを相殺してリスクがゼロになるようなものを原資産と無リスク証券を動的に組み合わせることで作ることができる。
ブラック・ショールズ方程式の右辺がゼロである意味を理解するために、再度グリークスを使って数式を分解しながら理解しよう。まず、オプションは時間が経って満期に近づくとともに価値が減少するので、これを「セータ損」と呼ぶ。これは方程式内のセータそのものである。次に、原資産価格が上下することによって平均的に得られる利益を「ガンマ益」と呼ぶ。これはガンマに原資産の変動幅が加わった項である。そして残った項が、デルタヘッジを行ったときに生じる資金繰りの損益である。これはデルタと利子率が絡み合った項である。
これらを組み合わせ「セータ損+ガンマ益+デルタヘッジの資金繰り損益=0」とするのがブラック・ショールズ方程式の正体である。つまり、デルタヘッジを行うことで無リスクにした際に、価格の歪みを利用して無リスクで儲けることはできない、すなわち裁定機会がないので損益はゼロになるという意味なのである。別の言い方をすれば、要素還元主義かつ演繹的な発想によって、「無裁定条件と完備性が存在する世界においては、オプションの価格はこの方程式を満たさなければならない」という意味なのである。
このようなブラック・ショールズ方程式を微分方程式として解くことでオプションの価格が計算できるわけである。ブラック・ショールズ方程式の導出過程の詳細は冨島の書籍その他の資料に譲るが、導出過程で考慮する原資産の値動きを想定する際に3つ目の仮定である「効率的市場仮説」が用いられている。あらゆる情報が現在の価格に織り込まれているため、個別の原資産の将来を予測することはできないと考える。よって、原資産の値動きは「期待リターン分の上昇+ランダムな動き」として記述する。ランダムな動きというのは、効率的市場仮説に従い、価格を動かす多くの要因の分析を放棄していることを意味する。もっとも、導出過程では、数学分野のテイラー展開や伊藤の補題を適用することでランダム成分を方程式から消去することができるのである。
文献
冨島佑允 2026「金融数学入門」(講談社 ブルーバックス)