ドラッカー+デザイン思考+ポーター=戦略の創造学

山脇(2020)は、ドラッカーの著作と、デザイン思考と、そしてポーターの競争戦略論を組み合わせることで、 新しい企業モデルである「共感と未来を生む経営モデル」を提唱する。言い換えれば、ドラッカーで「気づき」、デザイン思考で「創造し」、目的達成のための戦略を「実行する」ことを強調する。共感と未来を生む経営モデルを一言で表現するならば、注意深い観察によって未来に関する洞察を得ることで、顧客やユーザーからの共感が得られる「新しい意味」と「新しい世界観」に基づくビジョンを提示し、それを具体的な戦略やビジネスモデルによって実現する経営モデルだといえる。

 

この経営モデルが単なるデザイン思考と異なることの1つは、ビジネスの軸足を決めることの重要性だと山脇はいう。つまり、自分たちのビジネスの目的と使命は何か、そして将来に向けたビジョンは何かを決めることの重要性である。このために必要なのが、注意深い観察を通じて、「変化の兆し」あるいは「兆しにつながる兆し」を見つけることである。言い換えれば、「すでに起こった変化」「すでに起こった未来」を見つけるということである。例えば、人口動態の変化、世代交代、人種構成の変化、政治・経済情勢の変化、GenZと技術変化など、社会・技術革新・経済・環境・政治の変化を観察し、そこから洞察を行い、機会を見つけるということである。

 

そして山脇は、すでに起こっている変化の観察から洞察を得て見つけた機会を事業に結びつけるための一連の作業の方向を決定づけるのが、北極星としての「ビジョン」だという。つまり、大きな視野で、身の回りから世界までを俯瞰し、いま何が起きているのか、これからどのような変化が起きるのか、そしてどのような未来のシナリオを描けるのだろうかを考えるということである。将来に向けてのビジョンこそが、新しいモデルの軸となるのだという。

 

ビジネスの目的・使命(なぜ私たちの会社が存在するのか、何が私たちのビジネスなのか=価値と原則)を出発点として、現在起こっている事象、さまざまな領域でのトレンド・変化を観察して未来のシナリオをつくるプロセスと並行して「共感」「新しい世界観」「新しい意味」をつくりあげ、そこからビジョンを構築していくわけであるが、この「ビジョン=主観的に世界観をつくり、将来のシナリオを描くこと」を助けるのが、デザイン思考であると山岡はいう。ここでのポイントは、ユーザーの心に響き、共感を生む意味、そして世界観をつくることが、世界の顧客を惹きつける要因であるということである。つまり、デザイン思考は共感を生み出すためのツールであり、デザイン思考の本質は、「共感を生む意味と世界観をつくりあげること」なのである。

 

そして、ビジョンから戦略やビジネスモデルが構築されていく、すなわち新しい世界観と意味を戦略の軸とし、生まれたアイデアをビジネス・コンセプトにまとめ、それを実現していくわけであるが、そこで役立つのが競争戦略の理論だと山脇はいう。規模の経済性、サンクコスト、ネットワーク外部性、スイッチングコストなど、経済学の理論をベースとした基礎知識によって経済的要因を理解することが戦略構築の際に役立つのだと山脇はいう。とりわけ、産業の構造要因を分析し、社会・経済・技術・環境といったレベルの地殻変動がどのように当該産業、関連産業、異業種に変化をもたらしているのか、それによって企業行動がどう変化しているのかを理解することで、ポーターのファイブ・フォースを動学化することの有用性が示されている。

 

このように、山脇が提唱する共感と未来を生む経営モデルは、新しい「意味」と「世界観」をつくり、それをビジョンに盛り込み、その目的を達成するために戦略を構築していくことである。とりわけ、人種、あるいは人種間の文化の差を超えて、そして多様化する現実の社会で生活している消費者、ユーザー、観衆、聴衆を感動させ共感を呼ぶには、はっきりとしたメッセージ、「意味」「世界観」を伝えるストーリーテリングがますます重要になってきていると山脇は指摘する。そして、これまで説明した「気づく」「創造する」「共感を呼ぶ」「実行する」というプロセスを効果的に推進するためのマネジメント、すなわち企業内部の整合性、企業の外部環境との整合性、未来との整合性のマネジメントが重要なのだと山脇は説く。すなわち、目的・ビジョン・未来・共感・戦略は明確か、整合的で一貫しているかを確認しながらの経営が必要だということである。

文献

山脇秀樹 2020「戦略の創造学: ドラッカーで気づき、デザイン思考で創造し、ポーターで戦略を実行する」東洋経済新報社