文系理系を問わず量子力学を理解すべき理由

村上(2021)は、正解があるかどうか分からない課題に直面した時に正解にたどり着く方法や、未来を正しく見通す力を身に着けるには、日常感覚の世界を飛び越えたような発想やアイデアに導く比類なき思考が大切だといい、これを「クオンタム思考」と呼んでいる。これは、量子力学から得られるニュアンスであり、この世界では実は、日常感覚的には起こり得ない「まさか」というようなことが当たり前のように起こっていることから導いた考え方である。そして村上は、文系理系を問わず、あらゆる人々が量子力学を学ぶことを勧めるのである。

 

私たちが量子力学を理解すべき理由は何か。村上によれば、量子力学が描き出す世界が、これまでの日常感覚とは根本的に異なるものであり、かつこれからの世界を変えていく技術の中でも最先端に位置しているからなのである。実際、「かつての非日常」はいま、ものすごいスピードで「日常化」しているという。そして、量子力学が扱う量子は、いまだ「日常感覚を超えた存在」だが、量子コンピュータの開発競争に見られるように、「日常化」はもう目前だという。このようなことから、私たちに大切なのは、日常感覚的には起こり得ないことが起こり得るんだという感覚を受けいられるかどうかだというのである。

 

では、量子力学が扱う「日常感覚を超えた存在」としての量子とはいったい何なのか。古典力学で扱うのは「粒子」である。これを微視的に見ると、量子になるわけだが、ここには理論的に不連続性があり、日常感覚で理解できる粒子と、微視的世界での量子は異なる。一言でいえば、量子は、粒子と波が重ね合ったもの。例えば、日常世界では、0と1は異なるが、量子力学では、0と1が重なった状態が存在する。量子が粒子でもあって波でもあるというのは、0でも1でもあると言っているのと同じである。このことからもわかるとおり、量子の振る舞いは、日常感覚的に理解しうるものではない。

 

村上は、このような量子力学を理解し、自分の知識の体系すなわち「フレーム・オブ・レファレンス」を形成させることの重要性を説く。例えば、リベラルアーツなどを志向し、知識を入れ、知識を体系立て、意識的に作られた質の良い(量子力学を含む)フレーム・オブ・レファレンスを土台として、その上に思考を築いていくことを勧めるのである。リベラルアーツは、「答えのないものを問う力」「新たな問いを立てる力」であり、量子力学を土台とした「フレーム・オブ・リファレンス」を用いて世の中の全体像を自分なりに捉えていくことで、日常感覚を超えた「まさか」を受け入れられるようになる。

 

村上によれば、「なんじゃそりゃ」と日常感覚を超え出るという感覚を味わうのが、量子力学の世界である。粒子でもあり波でもあるという量子の振る舞いを数式で表すのが量子力学の世界なのである。量子はその振る舞い自体が、日常感覚的に理解し得るものではない。「古典思考」「クラシック思考」が築いてきた科学技術の最先端には、日常感覚を超越した量子の世界が広がっている。この事実を受けいられるかどうかが重要である。「非日常感覚主義」としての「クオンタム思考」は、「イエスであってノーでもある」状態が認められている世界である。ただし、日常感覚を超えているとはいえ、量子力学はすでにさまざまなところで取り入れられている。つまり、私たちは「まさか」の現象に基づく技術に支えられた世界に生きていると村上は言う。

 

例えば、村上は、量子コンピュータが、私たちの生活とビジネスを大きく塗り替えていくという。デジタル量子コンピュータでは、量子の「重ね合わせ状態」を「量子ゲート」と呼ばれる量子回路で操作することによって、1回の計算であたかも複数の計算を並行して実行したかの如く量子併立計算が実現される。量子ゲートという量子回路の操作によって、私たちが想像する以上の膨大な計算が同時並行できる。これからの社会に大きな影響をもたらすと主張する。また、脳科学や自己意識の解明に、量子力学は欠かせないものではないかという議論も展開されているという。自己意識というものは、古典的な物理学ではわからないのではないかという一方で、古典の延長にある、量子の世界こそに「観測者」の正体が隠されていることが匂わされているのである。

 

このように、量子力学を理解することにより、私たちは、日常感覚の外に飛び出て、時代の最先端で戦い抜けるようになると村上はいう。つまり、これまで自分や社会を縛っていた常識から解放されることで、解決困難だと思われていた課題に、第三の道を提案できる。それどころか無数の道を見つけ出すことすら可能にしてしまう。また、まるで未来を覗いてきたかのような想像力構築の過程を探り、時代の最先端に立てる人材になる。すなわち、量子力学をベースとする「クオンタム思考」によって、まるで「未来を見通す神通力を持っている」と周囲から見られるような、時代の先取りをすることができるようになると村上は説くのである。

文献

村上憲郎 2021「クオンタム思考 テクノロジーとビジネスの未来に先回りする新しい思考法」日経BP