地政学で読み解く「第2次冷戦」

2022年2月24日にロシアが隣国ククライナに対する軍事侵攻に踏み切ったことをもって、この日は「第二次冷戦」が始まった日として歴史に刻まれるだろうと松元(2022)は論じる。この戦争によって、世界は今後、ロシア・中国を中心とする権威主義専制主義の枢軸と西側諸国の民主主義陣営が対峙する厳しい時代を迎えることになるというのである。ただ、ロシアのウクライナ侵攻のような専制主義国家の振る舞いは唐突に起こったわけではないと松元はいう。1990年初期の東西冷戦の終結によって世界で一強となった米国が、21世紀に入ってからの対テロ戦争と中東への軍事介入の長期化で疲弊し、2013年に世界の警察官の役割の返上を宣言するなど弱体化し、それによって生まれた力の空白に入り込むように中国が南シナ海島嶼の軍事基地化に着手し、太平洋、インド洋への進出をはじめ、ロシアも手始めにクリミア半島を併合し、新しい挑戦の機会を狙うようになったのだと指摘するのである。

 

民主主義陣営としては、米国の弱体化のみならず、西側の同盟内でも不協和音が目立つようになったと松元はいう。西欧の指導役だったフランスが英米主導の欧州の安全保障に冷淡になり始め、英国はEUから離脱してインド太平洋での新しい同盟の枠組みづくりに腐心するようになった。また、トルコはNATOの方針に反発し、ロシアから兵器を購入するようになった。つまり、米国の弱体化とそれに伴う西側諸国の連帯の揺らぎに乗じて、中国・ロシアが連帯した権威主義の枢軸、ユーラシア権力が台頭してきたと松元は論じるのである。歴史上何度となく繰り返されてきたユーラシアの膨張が再び始まっているというわけである。パワーバランス(力による均衡)の論理が全てを支配する国際社会にあって日本これからどのように振る舞うのか、その難しい問題を解く鍵となるのは、地理的な環境や歴史、文化、伝統が国家の戦略形成にどのような影響を与えているのかを総合的に探求する学問である地政学だという。

 

歴史を振り返ると、19世紀は、当時の大国の英国がシーパワー(海洋国家)の覇者として、ランドパワー内陸国家)のロシアと主にユーラシアで派遣を争う時代だった。続く20世紀は英国の力が徐々に衰退し、代わりにシーパワーとして台頭した米国とソビエト連邦となった旧ロシアが、資本主義vs共産主義という歴史上類例のないイデオロギーで世界中で派遣を争う冷戦となった。ソビエト連邦が崩壊しユーラシアが大混乱に陥る中、唯一の超大国として世界の一極支配を成し遂げたかと思えた米国に対して、中国が急速な経済成長を背景に海洋資源の獲得を国家の重要な戦略目標として掲げ、海洋への進出を目指し始めるなどの挑戦を始めた。ロシアもソビエト崩壊時の混乱から立ち直り始め、プーチンが権力基盤を固めると、情報機関の強化、軍事力の近代化を図り、ユーラシアの隣国、中国と連携して、米国の一極支配に挑戦するようになった。つまり、21世紀に入ると、シーパワーの覇者米国に対して、ランドパワーの中国とロシアが様々な形で連携しながら米国と派遣を争うという三つ巴のグレートゲームが始まり、日本や欧州のシーパワーの国家群は米国の同盟国として否応無しにこのゲームに巻き込まれているのが現代の世界だと松元はいうのである。

 

権威主義専制主義のロシアや中国について詳しく見ると、ロシアの安全保障上の行動を説明する根幹は、外敵の侵入を阻止するため、ロシア周辺の地域をロシアの勢力圏として事実上の支配下に置き、ロシアの周囲に緩衝地帯を作ること、物資を大量に輸送できる海上の輸送手段を確保するため、冬場も凍結しない港を求めて必要ならば外国に進出することである。中国は、王朝の勃興と衰退、滅亡の繰り返しにより絶えず形を変えてきた国家である。元々は漢民族を中心とした多民族国家であり、常に民族同士の対立の火種を抱え、融合と離散を繰り返してきた。またその混乱に乗じて侵攻してくる外敵の脅威にも晒されてきた。こうした膨張と収縮を繰り返す宇宙のような国家の運営にとって重要なのは、強力な権力の集中を行い、1つの国家として統一することである。このような中での安全保障上の行動原理は、以夷征夷(野蛮人を使って野蛮人をやっつける)と防衛的なものであった。

 

専制主義vs民主主義という構図を地政学的に理解すると、外国と陸地で国境線を長く接している国では、絶えず外国の侵略の脅威に直面していたため、国を統治する為政者は強権を行使して常に国内の引き締めに取り組まなくてはならず、結果として、全体主義、独裁主義的な統治になりやすい傾向があったと松元は解説する。一方、国の周囲をうみだ囲まれているシーパワーの国家群は、中国やロシアのように外国と地上で国境を長く接している国にりはるかに安全な環境にあり、外国の侵略を受けにくく、勢力圏に取り込まれることも少なかった。よって、地政学的に民主主義が根づきやすい安全な環境にあった。その結果、自由と人権を重んじる西側諸国を中心とした自由主義、民主主義体制と、新たな世界秩序を作ろうとする権威主義専制主義との激しい対立につながったのだと考えられるのである。とりわけ、中国とロシアの連携が、ユーラシア権力の急速な膨張を生み出し、それによって大陸の東側と西側で力を共振現象が起きているのだと松元は指摘する。

文献

秋元千明 2022「最新 戦略の地政学 専制主義VS民主主義」ウェッジ