世界経済を理解するための「地政学リスク」

倉都(2016)は、地政学は、中長期的に世界の資本市場や市場経済を理解する目を養う上で重要であることを説く。とりわけ、現代では地政学リスクが市場や経済を錯乱する可能性が高いという。地政学的リスクの顕在化が、株価や原油のほか為替市場などにも影響を与え、実体経済にも影響を与えることになるというわけである。すなわち、地政学は、明日の相場を揺るがすリスクの母体であるとともに、将来の経済構造を変化させる要素を胚胎する土壌でもあると倉都は指摘するのである。


倉都は、地政学リスクを、以下のように類型化している。第一は「宗教対立に潜む経済問題」である。例えば、キリスト教世界の中でも、ユーロ圏における南北格差のように、プロテスタントカトリックの間では経済格差が存在し、それが新たな対立のタネを捲いているという。今日の中東をめぐる政治経済を揺さぶる地政学リスクを考えるならば、キリスト教イスラム教の対立という側面も浮かび上がってくる。イスラム社会でも、スンニ派シーア派との内部対立や、阻害しされるユダヤ教など、いまや全世界で、宗教対立を理由とする過激派の攻撃など地政学リスクが高まっていると倉都は指摘する。


次に「民族意識と経済の論理」という類型がある。例えば、いま世界的に最も注目を浴びているのがクルド人問題であり、クルド人の最も多いトルコでは民族闘争の火種は残ったままであり、それが欧米投資家の「トルコ離れ」を誘い、トルコリラが脆弱な通貨となっていると倉都はいう。ソ連、ロシアにおいても少数民族との武力衝突や破壊行為が発生し、ロシアの株価指数を一気に押し下げる原因となったり、ルーブル安の源流を形成しているという。中国ではチベット民族とウイグル民族の問題があり、戦争を起因として同一民族が分離している朝鮮半島地政学リスクを抱えている。


さらに「イデオロギー闘争と西欧型資本主義への挑戦」という類型がある。ロシア革命を経て建国されたソ連や、共産党によって建国された中華人民共和国は、資本主義対共産主義というイデオロギー闘争の大きなうねりを作り出した。結果的に計画経済は破綻したが、ロシアや中国において国家主義的資本主義という、英米型の資本主義とは一線を画した政策を実行している。これが、異なる経済イデオロギーの対立をはらんでおり、それが南シナ海における米中の対立、尖閣諸島における日中の対立などの領土問題に発展していると指摘する。


4つ目の類型として「民主化運動と経済意識」という地政学リスクがある。過去の東欧において自由と民主化を求めて勃発した「プラハの春」は、軍事介入によって踏みにじられた。中国の天安門事件も政府による武力制圧に終わったが、その後共産主義圏で共時的民主化運動が起こり、ベルリンの壁崩壊につながった。その後、ウクライナ民主化をめぐる混乱が生じ、チュニジアにおける「ジャスミン革命」からドミノ式に広がった「アラブの春」は各国における内政の不安定化につながっているという。アラブ諸国民主化への道が、格付け機関などから国際信用力の低下とみなされたり、投資家がこれらの国々から手を引くことになれば、混迷の出口はますます見えにくくなると倉都は指摘する。


最後の地政学リスクの類型が「環境破壊と金融市場」である。これは地理的要因と政治的要因の2つが組み合わさっていると倉都はいう。例えば、2011年の福島原発事故は、一歩間違えば日本経済を崩壊しかねない恐怖の出来事であった。原発問題は、日本の貿易構造に大きな影響を及ぼしているともいう。二酸化炭素の排出問題についても、先進国と新興国・途上国の間で規制に関する大きな認識のずれが存在する。温暖化ガス問題は、地政学の力学を通じて資本市場の様相を変革する潜在力を胚胎しているというのである。さらに、中国からは「PM2.5」という新たな問題も出現している。米国で生じた「シェール革命」は、環境面で大きな問題を生む可能性が指摘されており、地震が誘発されているという見方もあるという。つまり、シェール・ガスやシェール・オイルの生産に伴う環境不安が、エネルギー産業やウォール街を大きく揺さぶる社会運動へと発展する可能性があると倉都は指摘している。