地政学とは何か

茂木(2015)によると、地政学(ジオポリティクス)とは、国家間の対立を地理的条件から説明するものである。すなわち、国家と国家が国益をかけて衝突するとき、地理的条件がどのように影響するかを論じるのである。例えば、国境を接していれば、領土紛争や移民問題が必ず発生する。だから「隣国同士は潜在的な敵である」というように考える。冷戦中、ソ連と中国はいずれも共産党政権だったため、鉄の団結を示すはずであったが、両国は7000キロの国境を接する隣国であり、中国からの人口圧力をソ連が脅威に感じていたことから、地政学的には敵対関係にあったわけである。日本が韓国や中国との関係がよくないのも地政学的には隣国同士だからだと考える。日本がナイジェリアやアルゼンチンと争うことはないと茂木はいう。


地政学的に考えると、日本、イギリス、そしてアメリカ合衆国も「島」であることを茂木は示唆する。アメリカは、ヨーロッパ側の大陸からでも2000キロ離れて孤立している「巨大な島」であるため、欧州列強から直接攻撃を受けることは稀であった。よって、2つの世界大戦でヨーロッパが戦場となって荒廃していく中で一人勝ちをすることになった。イギリスも島国のため、欧州諸国の紛争から自由であった。イギリスは、沖合(オフショア)からヨーロッパをじっと観察し、欧州諸国がお互いに戦っている状態が一番好ましいため、このバランスを崩すような派遣国家(例、ナポレオンのフランスやロシア帝国の進出)が現れたときには、他の国々と同盟して叩き潰すのである。日本が他国からの侵略を防げたのも島国であったからである。島国は海洋に進出しやすく、海洋国家となりやすい。


一方、朝鮮やヨーロッパは、地政学的には「半島」であると茂木は指摘する。半島の特徴は、三方を海に囲まれ、残りを大陸と接しているため、海洋へ進出しやすいというメリットがある一方で、大陸国家からの攻撃を受けて袋小路に追い詰められると逃げ場がないことである。したがって、中国大陸と朝鮮半島の関係のように、大陸国家が進出してくると、最初は抵抗しても、そのうち手の平を返して恭順の意を伝える。そして、大陸国家が衰退すると、また手の平を返して反抗する。そのような方法をとらないと生き残れないからである。ヨーロッパは、ユーラシア大陸の西側に突き出た半島である。よって、ユーラシアの遊牧民が、黒海バルト海線を越えて西進するとき、ヨーロッパは重大な脅威にさらされる。モンゴル帝国オスマン帝国ロシア帝国などがその例である。


また、地政学では、国家が海岸線をどの程度有しているかによって、シーパワー(海洋国家・海上権力)とランドパワー大陸国家・大陸権力)のどちらになっていくかが決定付けられると考える。アメリカやイギリスのような「島」は、孤立しているため自国防衛の兵力が少なくて済むシーパワー国家である。ロシアはユーラシア大陸の中心部をおさえるランドパワーの国である。ドイツは国家成立時期にはシーパワーになりたかったが、イギリスに押さえられて大西洋まで進出する力はなく、東方にはポーランドを飲み込んだロシアが耽々と迫り、西方には虎視眈々と領土を狙うフランスがいるため、ランドパワーとして生き残るしか方法がなかったという。中国はもともと北方遊牧民からの侵攻を常に脅威とするランドパワーの国で、近年は太平洋側への海洋進出を念頭においたシーパワーを拡充しようとしている。しかし、中国の海岸線は日本の海岸線よりも狭く、伝統的なランドパワー国家が海上に打って出て成功した例はないと茂木は指摘する。