「一呼吸おいて儲ける」黄金法則

田中(2018)は、会計をメインとするビジネスの世界史を概観するなかで、「一呼吸おいて儲ける」ことの有用性を、儲けの黄金法則すなわち商売を成功させる秘訣として紹介している。これは、例えば何らかのブームがビジネスで起こったときに、遅れるなとばかりにやみくもに「ブームに急ぐ」のではなく、そこで一呼吸おいて、儲ける方法を考えることである。ブームに群がっている状況から少し離れたところからビジネスを始めるわけである。あるいは、成功している企業やビジネスがあった場合に、一呼吸おいたうえで、「資本の論理」を活用することでその状況を利用し、大きな儲けを手にすることである。一呼吸おいて儲ける黄金法則が働く例を、田中は以下のようにいくつかの歴史的事実を挙げて説明する。


まず、19世紀中ごろにアメリカで起こったゴールドラッシュである。カリフォルニアでゴールドが見つかるやいなや、多くの人々がゴールドによる一攫千金を目指して西部開拓に群がっていった。1949年に始まったカリフォルニアへの大移動はフォーティーナイナーズと呼ばれたが、ブームにのったほとんどの人々は儲かることはなかった。これに対し、雑貨屋を営んでいたサム・ブラウンは、同じようにそのブームに急がず、ゴールドが見つかった瞬間にブームの到来を予想し、ありったけのショベル、桶、テントなどを買い占め、それらをフォーティーナイナーズに売って大儲けしたのである。スタンフォード大学の祖、リーランド・スタンフォードも、当時雑貨屋を営んでおり、同じような方法で大儲けした。リーバイスの祖、リーバイ・ストラウスも、ゴールドを掘りにきた人々に向け、丈夫な作業ズボン(ジーンズ)を売りつけることで大儲けした。これらの人々は、ゴールドラッシュのさいに、自らゴールドを掘るのではなく、ゴールドを掘る人々を相手に商売することで成功したのだと田中は解説する。


1859年にアメリカでドレークという人物が石油を掘り当てた際も、多くの人々が、石油の掘削を求めてその地に押し寄せてきた。しかし、「本物の開拓者」であるドレークは、不幸な晩年を送ることになった。その理由は、ドレークは会社を設立したものの、「資本の論理」によって株を握った人々によって会社を支配され、追放されてしまったからである。つまり、本当の開拓者が切り開いた果実を、資本の論理を用いて「合法的に」強奪した人々が大儲けしたということなのである。スタンダードオイルの始祖であるロックフェラーも、当時、ライバルが多く、採掘過剰で石油価格が下落している状況で、石油採掘そのものには手を出さず、掘った石油を精製する事業から始めていった。つまり、少し離れたところからビジネスをスタートしていったわけである。その後、ロックフェラーは石油精製で成功し、アメリカの石油精製所を買い占め、石油業界に規模の利益を持ちこんでいったことは歴史が示すところである。


さらに別の例としては、アメリカで大陸横断鉄道の企画をリンカーン大統領に訴えることで実現させたセオドア・ジュッダという最大の功労者が、アメリカの成功者4人すなわちビッグ・フォーから「資本の論理」によって鉄道会社から追い出されてしまったという事実がある。その後の鉄道ブームで大儲けをしたのは、鉄道そのものではなく、鉄道で用いる鉄橋をつくる会社を立ち上げた、アンドリュー・カーネギーである。彼は当時、木製の橋が落ちる事故が多発していたことに目をつけ、人命と安全のために急務であった高品質の鉄橋づくりを始めたことが大当たりし、鉄橋の注文が殺到したのだと田中はいう。


上記のような歴史的事例は、今後のビッグビジネスにつながる新しいものを生み出したり発見したりした「真の開拓者」や、その動きに群がってくる「一攫千金を求める人々」の多くは結局は幸せにはなれない一方で、それらの動きに対して一呼吸おいたうえで、その動きを利用し、あるいは群がる人々を相手にして、少し離れたところからビジネスを始めた人々、そして「資本の論理」を上手に用いて果実を救い取っていく人々が、結局は大儲けし、大成功を遂げていることを示している。