山口(2024)は、いま、世界で勃興しつつある新しいパラダイムとして、社会運動・社会批判とビジネスが交差した「クリティカル・ビジネス」を挙げる。クリティカル・ビジネスとは、多くの人が「そういうものだ」「仕方がない」と甘んじて受け入れている現状に対して批判的な考察を行い、現状とは異なる「あるべき姿」を提示することで、多くの人が共感する「新しい問題」を生成してビジネスを生み出す活動を指す。なぜ、社会の変革や改善を目指す社会運動・社会批判と、収益を得る目的で経済的な取引や活動を行うビジネスを交差させるのかというと、現代では経済・社会・環境の変革が強く求められていることと、ビジネスには大きな社会変革の力があるからだと山口はいう。
社会運動・社会批判としての側面を強くもつクリティカル・ビジネスの特徴は、まず、商品やサービスの品質や機能ではなく「哲学」を強く打ち出していること。つまり、既存のビジネスに慣れきってしまっている業界や市場に対して、彼ら自身の哲学に基づいて批判的=クリティカルな提言を行っていることである。彼らの批判的提案に共感した人々が顧客を中心としたステークホルダーとして集まることで一種の運動として社会変革のうねりを生み出す。次に、ビジョンに市場や顧客という概念が含まれていないことである。つまり、クリティカル・ビジネスは、市場や顧客の欲求・要望に応える(=アファーマティブ・ビジネス)のではなく、市場に存在しない問題を生成し、顧客は批判・啓蒙の対象なのである。
山口は、従来のアファーマティブ・ビジネス・パラダイムでは、企業は競争優位性も持続可能性も保てないと主張する。ビジネスにおいて「クリティカル=批判的であること」がどんな価値をもたらすかという点において鍵となるのが「社会資源としての反抗」だという。反抗という行為は、社会的連帯を生み出し、個人の存在を確立し、社会変革の原動力となるというのである。利益追求のみに注力する従来のビジネスモデルに対して意識的な反抗を表明するわけだが、その背後には、ビジネスは資本家の利益を増大させるための単なる道具であってはならず、社会的、倫理的な責任を持つべきだと主張し、「不正義や不平等の共犯者にならない」という基本哲学がある。反抗的であることが社会にとって本質的な価値を持ち、社会に対して責任を持ち、改善を目指す力となるため、クリティカル・ビジネスによって企業は単に経済活動の主体であるだけでなく、社会的正義と倫理を推進するための重要な役割を果たすというわけである。
では、クリティカル・ビジネスを推進するにはどういった思考・行動様式が必要なのだろうか。山口は、クリティカル・ビジネスのアクティビストが有する10つの特徴を挙げる。1つ目は「多動性」である。体を使って動きまわり、心を動かして精神的に動きまわることで偶然の出会いを創発し、それをビジネスにつなげていく。2つ目は「衝動に根差す」ことである。彼らのアジェンダは必ず彼らの実存と根っこでつながっており、彼らの心をもっとも動かすものがビジネス推進の原動力となっている。3つ目は「難しいアジェンダを挙げる」ことである。難しいアジェンダほど社会から共感を得やすく、認知が促進され、関わる人々のモチベーションが上がる。4つ目は「グローバルな視点」である。多数派のコンセンサスが取れない少数派のビジネスであっても、グローバルニッチを目指せばスケーリングも可能だということである。
5つ目は「手元にあるもので始める」ことである。手元にあるものでとりあえず始めることでリスクが低減され、逆に大胆にリスクをとったアクションが可能で、人が集まり、学習を優先することができる。6つ目は「敵をレバレッジする」ことである。クリティカル=批判的であるがゆえに敵を作りやすいが、逆に敵の存在によって自社の認知も高まるなど、敵のエネルギーを反作用のように生かせる。7つ目は「同志を集める」ことである。同じ価値観や優先順位を持つステークホルダーを集めることで、効果的な協働が可能となり、ブランドの強化や伝播がうまく進み、明確な価値観をもった組織文化を醸成できる。
8つ目は「システムで考える」ことである。複雑なシステムへの洞察によって問題を考える「システム思考」を用いることで、局所的な問題解決に終始してしまったり、善意から始めた施策が結果的に悪い方向にむかわせてしまったり、解決策が新たな問題の原因になってしまったりすることを防ぐことができる。9つ目は「粘り強く潔い」ことである。クリティカル・ビジネスは多数派にはコンセンサスがとられていないので、粘り強く追求する必要があるが、不確実性があるからこそ、変えるべきときは潔く変えるということである。そして最後の10つ目は「細部と言行の一致」である。クリティカルビジネスは、単なる経済的利益の追求を超えて、社会的変革や価値の実現を目的とし、社会運動の側面を強く持っているので、ビジネスの信頼性や誠実性、言行の一致と透明性が極めて大切なのだという。