社会心理学とはどんな学問なのか

社会心理学とは何か。この問いに対し、小坂井(2013)は、「現代社会の人間学(人類学)」として社会心理学を発展すべきというセルジュ・モスコヴィッシの言葉を援用する。「人間とは何か、社会はどう機能するのか」を探求するのが、社会心理学だというわけである。


この視点に立てば、社会心理学は単に社会学と心理学を折衷した学問ではない。また、現在の社会心理学研究のほとんどが社会環境におかれた「個人」の心理を対象にしているのが現状だが、本来、社会心理学は、心理学の一領域として据えられるべきではないという。そもそも人間は社会・歴史条件に規定される存在であるから、社会から切り離された状態の人間心理を想定しても無意味である。また逆に、人間の心理を無視して社会の仕組みを理解することはできない。


小坂井によれば、精神活動を生み出す身体と社会の関係こそ分析の根本に置き、人間と社会を理解するのが社会心理学の使命なのである。社会がどのようにして成り立っているのか。それを理解する手がかりが、こころを持った1人ひとりの人間の相互作用であり、その結果立ち現れる社会は同時に人間の心理に影響を与えている。そこで、小坂井は、レオン・フェスティンガーとセルジュ・モスコヴィッシという2人の社会心理学者の発想を中心に、なぜ社会秩序が維持されるのか、そしてなぜ社会が変化するのかに関する、「同一性」と「変化」というお互いに矛盾する現象を理解する試みについて解説する。


例えば、フェスティンガーは、「認知的不協和理論」によって、人間の態度が変容することを明らかにしたが、この理論は、社会システムの秩序維持の解明という動機に支えられたものであったという。すなわち、認知的不協和理論は、態度と行動の間の矛盾を解消するために態度が変化することを示すが、これは個人の心理や社会が変化するのではなく、個人や社会が変化せずに同じ状態を維持するプロセスに光をあてていると指摘する。社会システムが維持される方向に人間の行動は巧みに制御されているのだが、後でそれを正当化するように態度が変化することで、自分の行動は制御されたものでなく、あくまで自分の意志に基づいた自律的なものであると認識するのである。


このことは、個人心理の代表的要素だと考えられている意志や主体性も、社会機能との密接な関係で成り立っていることを明らかにする。特に、社会システムが維持されるメカニズムにおいて、意志が心理媒介項として現れる事態が重要である。例えば、本当は自由でないのに、自由だと錯覚する。これにより、現代社会の人々は、自律的に行動しているようでいて、実は、社会秩序に沿うようなかたちで行動を制御されている。個人の心理に生じる非合理的な現象としてさまざまな認知バイアスが知られているが、それらも単なる脳の癖や誤りではなく、社会秩序・構造を生み出し、維持するうえで不可欠な仕組みだというのである。


一方、モスコヴィッシは、社会変革に関心を持ち、新しい価値が生まれるプロセスに焦点をあてたと小坂井は解説する。モスコヴィッシは、少数派影響理論を軸に、力をもたないままで少数派が社会を変革するプロセスを理論化した。多数派が人々に影響を与えるという理論だけでは、社会秩序の維持は説明できても、社会の変化は説明できない。それに対し、少数派影響理論は、少数派が力を持たないまま人々に影響を与えるプロセスを明らかにしたことで、社会の「変化」のメカニズムについての理解が深まったといえる。