アメリカ民主党が有権者にうまく訴えられなかった理由:道徳の社会的直観モデルから

ハイト(2014)は、アメリカで民主党が1980年以来しばらく有権者にうまく訴えられなかった理由、そして共和党民主党よりも効果的に有権者に訴えることができた理由を、道徳の社会的直観モデルによって説明しようとしている。まず、ハイトは、道徳とはすなわち何が正しいか、何が間違っているかあるいは善悪判断ということになるが、これらは過去の多くの著名な哲学者が取り組んだように人間の理性や思考によって哲学的、演繹的に導かれるようなものではなく、人間が進化の過程で会得した直観的、感情的な判断だと主張する。つまり、私たちは、道徳的判断が必要な物事に直面したときは、直観的に、快不快といった基準で瞬時に判断する生き物だというのである。理性の働きは、人間が直観的に下した判断を後付けで正当化するプロセスだといってよい。


ハイトが考える道徳の社会的直観モデルでは、人間はあたかも舌にある味覚のように道徳的判断に関連する味覚受容器(センサー)を生まれつき備え付けており、何かの情報がその味覚受容器に触れると瞬間的に正誤、善悪といった道徳的判断が誘発される。人々の道徳的関心が最も重要になってくることの1つが政治の世界であり、民主党共和党といった政党がいかにして有権者の道徳的判断に影響を与えられるかが選挙結果を左右する。つまり、自分の政党がいかに正しいかを有権者に示す必要があるのだが、それはどれだけ政党の主張が有権者道徳心を刺激し、正しいと納得してもらえるかにかかっているということだ。そこでハイトは、5つの道徳に関する味覚受容器(道徳基盤)のモデルを考案し、アメリカの民主党(左派・リベラル)と共和党(右派・保守)が、5つの味覚受容器(道徳基盤)のうち、どの味覚(基盤)に訴えようとしていたのかを分析した。


社会的直観モデルに基づく5つの道徳基盤(味覚受容器)は次のとおりである。1つ目は<ケア/危害>基盤である。これは、子供などの弱い立場の人々を危害から守ることが重要だという道徳観である。2つ目は、<公正/欺瞞>基盤である。これは、人々を平等に扱い、公正な機会を与えることが重要で、人を欺いたりしてはならないという道徳観である。実は、ハイトの分析によると、民主党はこの2つの道徳基盤を特に強調して有権者に訴えていることがわかった。逆にいうと、次の3つの道徳基盤をあまり訴えていないということである。道徳基盤の3つ目は<忠誠/背信>の基盤である。これは、国家、社会、部族などの連合体に対する忠誠心を持ち、裏切り、背信行為は許さないという道徳観である。4つ目の基盤は、<権威/転覆>基盤である。これは、階層社会における権威の序列、社会秩序を大切にし、それらを転覆してはならないという道徳観である。5つ目は<神聖/堕落>基盤である。これは(神よって創造された)人間として高貴で純粋であるべきで、堕落したり汚れてはならないという道徳観である。


ハイトは、民主党すなわちリベラル・左派は、政策において<ケア/危害>基盤と<公正/欺瞞>基盤を強調しており、あとの3つの道徳基盤は半ば無視してきたという。つまり、民主党は、社会的弱者を守り、すべての人々の公正であるべきだ、そのために国家を変革していくべきだと主張するわけである。このことからハイトは、「リベラルの道徳は二基盤性だ」と論じる。オープンで個人主義的な道徳観である。一方、共和党すなわち保守・右派は、<ケア/危害>基盤と<公正/欺瞞>基盤もさることながら、<忠誠/背信>基盤、<権威/転覆>基盤、<神聖/堕落>基盤にもバランスよく訴えているという。つまり、人々をケアすること、公正な社会も大切だが、それと同じくらい、国民にとって、国家に対する忠誠心、社会秩序の維持、高貴・神聖であることも重要だと主張する。家族、秩序、上下関係、伝統を重んじる道徳観である。このことからハイトは「保守主義者の道徳は五基盤性だ」と論じるのである。このことから、ハイトは、民主党が訴える道徳的基盤は狭いがゆえに有権者にうまく訴えることができず、共和党はすべての道徳基盤を用いることで有権者に効果的に訴えることができたのだというのである。