デジタル社会の本質とミルフィーユ化する世界

西山(2021)は、デジタル化の進展でいま何か決定的な変化が起こりつつあると指摘し、デジタル化が全面化する時代に変容しつつあるのは、個々の企業の経営のあり方だけではなく、企業が活動する産業そのもの、消費者を含めて取引を行う市場そのものが、新しい形に変容しつつあるということであり、そうした産業や市場の変化は、ソフトウェアあるいはAIのあり方と不即不離の関係にあると主張する。このような視点に立ち、西山は、インダストリアル・トランスフォーメーション(IX)の地図のようなものを描くことを通して、IX後の新しい産業のエコシステムを、レイヤー構造(重箱がいくつも重なるような層の構造、お菓子のミルフィーユのような構造)という形で表現している。以下においては、西山の発想にヒントを得て、デジタル社会の本質について理解してみることにする。

 

デジタル社会の本質は、あらゆる情報が仮想空間上に入力され、0か1の二進法の記号配列に変換され、この記号配列を別の記号配列に加工、変換する手続き(アルゴリズム)に沿ってAIが高速に演算するようになることである。現象界では、私たち人々は何らかの課題を持っており、その課題を解決することでこの世の中をよくしたいと思っている。それがビジネスという活動の本質でもある。そして当然のことながら、これらの課題には意味があり、何らかの価値観に基づいて解決がなされるべきものである。しかし、そのような課題でも、究極的に0か1の記号配列に変換されてしまえば、意味や価値はそぎ落とされ、純粋な数学的演算の対象となる。AIは、情報の意味や価値を理解できないが、記号配列を操作するアルゴリズムさえあれば高速かつ正確に演算できる。つまり、問題を定義して解決するアルゴリズムさえあれば、世の中のあらゆる問題がこれまで以上に大量、高速、正確に、すなわち効果的に解決されていく可能性があるわけである。

 

つまり、どのような問題でも、意味や価値を理解できないAIがアルゴリズムに基づいて演算できるレベルにまで抽象化して記号配列に変換することが可能なのであれば、あとはアルゴリズムで解決可能になるのであり、産業がまるごとそのようなプロセスに変換されるというのが、西山が指摘する「産業丸ごとの変換=インダストリアル・トランスフォーメーション(IX)」なのである。具体的な現象や課題を記号配列に変換し、かつアルゴリズムで処理することは一足飛びにはできない。ではどうすればよいかといえば、徐々に、段階的に、対象とする現象や課題の抽象化・記号化を進めながら、意味や価値といった人間にしか理解できない要素をそぎ落としていき、究極的に、機械(AI)が分かるレベルにまで記号化していくということである。人間が理解できる自然言語とAIが理解できる機械語はかけ離れすぎているので、通訳を重ねることで人間の実課題をAIが処理できる機械語にもっていくということである。まさに、深層学習(ディープラーニング)のプロセスのごとく、プロセスを多層化することで現象界における具体的な事象をAIが処理できるレベルに変換していくわけであり、これが、世界や産業がレイヤー化、ミルフィーユ化していくということの本質なのである。
 

であるから、現実のビジネス社会や産業全体では、様々な商品、サービス、業種・業態があり、それらを通じて社会の問題を解決し、社会をよくしようとしているわけであれば、これらの様々な要素がいくら現象面では意味的に異なるものであっても、これらすべてがAIや機械が解することができる記号配列とアルゴリズムにまで抽象化・変換されてしまえば、意味的な違いはなくなってしまい、すべて同列に扱うことができるようになる。あらゆる情報が0か1の二進法の記号配列に変換されるということはそういうことである。つまり、課題がAIのレベルに到達してしまえば、様々な商品、サービス、業種・業態といった違いは全く意味をなさなくなる。純粋にアルゴリズムに基づいて特定の記号配列が他の記号配列に人間の能力を超越したかたちで高速かつ正確に変換されるというプロセスが存在するだけなのである。

 

では、西山が解説する産業の産業全体のレイヤー構造とはどのようなものか。概念レベルでは、具体から抽象に上っていき、抽象から具体に下がっていくという表現のほうが分かりやすいが、デジタル概念でいうと反対で、AIや機械語に近いレベルが「低水準」で、人間の活動や人間が理解できる自然言語に近いレベルが「高水準」である。最下部に位置するのが「計算処理基盤」で、上位に位置するのが「データ解析基盤」である。これらを基本として、それらがいくつもの層にレイヤー化され、ミルフィーユ化されつつあるということである。最下層の計算処理基盤は、産業全体のインフラと化しつつあるので、個別企業が構築する必要はなく、シェアして使えばよい。一方、ミルフィーユの上位の層にいくほど、企業や事業の個別の課題を解決するためのソフトウェア、アプリ、システムといったレベルになっていくので個別企業レベルで取り組む話となる。レイヤー構造の最下部では意味や価値を理解しないAIがひたすら純粋な演算をゴリゴリと大量・高速・正確に行うわけであるが、上位層のシステムやアプリといったレベルになると、個別企業や個別事業のレベルにおいて、現象界の意味のある実課題が入力され、意味のある解決策が出力されるという理解となる。

このようなミルフィーユされた産業や世界において、課題や業務をAIレベルまで落としてしまえば、AIの演算能力を全面的に信頼して任せてしまえばよい。よって人間がなすべきことは、多層化された(ミルフィーユ化)された産業構造の中で、階層を下っていく際に具体的な現象や課題を抽象的な記号配列やアルゴリズムに変換する方法を設計し、レイヤーを追加したりする作業、逆に階層を上っていくことで変換後の記号配列を具体的な現象や解決に復元するプロセスを設計することなのである。なぜならば、意味や価値を理解することができるのは人間のみであるから、意味のあるものを無意味な記号配列に変換していくこと、そして無意味な記号配列を再び意味のあるものに復元することは人間にしかできないからである。アルゴリズムそのものについても、AIや機械はその意味を解することなく忠実に従うだけなので、その意味が分かる人間が介在することなしには構築することはできないのである。

 

つまり、いつの時代においても、現象界では、意味や価値のある問題、課題(例、社会問題、顧客ニーズ)が存在し、そこから、意味や価値のある解決策(施策、商品・サービス)が生み出されるわけであるが、過去のアナログ時代では、このプロセスは直接的につながっており、そこに人やモノが介在していたのである。よって、このプロセスでは人間の能力の限界という制約条件があった。しかし、デジタル社会では、産業基盤全体がエコシステムとして高水準のアプリやシステムから低水準の計算処理基盤までミルフィーユ化されており、問題・課題から解決に至るプロセスにおいてミルフィーユの階層を下ることで抽象化・記号化し、記号配列の高速演算を経た後、階層を再び上ることで演算後の記号配列を具体化・意味づけするというプロセスが介在しており、計算能力では人間の能力を凌駕しているITやAIの威力を借りれば圧倒的に高速・正確・大量に行うことができるのである。ポイントは、このプロセスは企業単位、事業単位で行うのではなく、産業全体が丸ごとミルフィーユ化され、業種・業態を問わず産業全体として丸ごと実行されることで効率・効果のメリットが最大化するとういうわけである。

 

要するに西山は、デジタル化の本質をとらえ、産業全体がレイヤー化、ミルフィーユ化するということの全体像を十分に理解したうえで、各企業がそのミルフィーユ化された産業にどのように関わっていくかを明確にしたうえでDXに取り組むべきであることを強く主張するのである。 

文献

西山圭太 2021「DXの思考法 日本経済復活への最強戦略」