極めてシンプルな行動経済学入門

行動経済学を、多田(2014)を参考にシンプルに紹介してみよう。まず、行動経済学は「心理学などの知見を取り入れた経済学」である。その意味は、伝統的な経済学で前提となっている「すべての経済主体が最適行動をとる」もしくは、経済主体としての人間は「超合理的」「超自制的」「超利己的」であるというものを非現実的であるとして、その代わりに心理学などの知見を利用して修正した「より現実的な人間行動」を想定した上で、経済活動に関する理論を構築しようとするものである。


もっとも、人間が合理的ではなく「限定合理的」であるというような知見は過去にもあった。しかし、伝統的な経済学からは、個々人に限定合理性があることは否定しないが、人々の間違いは構造的なものではなくランダムなものであるため、市場全体としては限定合理性による影響はないはずであるという反論があった。つまり、個々の人間の実際の行動が合理的行動から乖離することがあっても、それを「誤差」として扱い全体として集合化して考えるならば、誤差は互いに相殺されて代表的な個人の(合理的な)行動原理に収束すると考えたのである。


しかし、限定合理的な人間の行動が、たとえそれが全参加者の一部であっても、合理的な人間の行動に影響を及ぼすことを通じて、市場全体に大きなインパクトを与えることが明らかになってきた。例えば、ゲーム理論の実証研究によって、人口のうちわずか1割を占めるにすぎない非合理的な参加者の存在が、参加者全体の行動を、全員が合理的である場合のナッシュ均衡から大きく乖離させてしまうことなどが明らかになった。また、少数の非合理的な生産者の貨幣錯覚が、近似合理性の発現や他の合理的な生産者の行動に影響を与え、その結果として価格の硬直性が起こるという説明が可能となった。さらに、合理的な消費者と、消費活動において合理的でない消費者の2つのタイプの消費者を想定することにより、従来のマクロ経済学とはことなる現象を予測できるモデルも考えられてきた。


伝統的な経済学が反論した内容とは異なり、人間の現実の行動はランダムにではなくシステマティックに合理性から乖離していることも心理学的研究などにより明らかになってきた。その例が、代表性ヒューリスティクス、利用可能性ヒューリスティクス、アンカリング効果など、人々が物事を判断する際に認知の近道を使っていることに起因するバイアスや、自信過剰、認知的不協和などの社会心理学的特性である。そして、リスクに直面する人間行動の特性を見事にとらえた「プロスペクト理論」や、人々の現実的なお金のとらえ方を表現した「メンタルアカウンティング」の登場により、人々の経済行動をより的確に表現できるようになった。さらに、双曲割引モデルなど、人間の行動が自制的でなく先送りや選好の逆転が起こることを示す研究成果や、人間が純粋に利己的でないことを示す公共財ゲーム、最後通牒ゲーム、独裁者ゲームを使った研究なども発展した。


上記のように、経済主体としての人間は「超合理的」「超自制的」「超利己的」であるという伝統的経済学が前提とする非現実的な仮定をより現実的なものに修正するための研究成果が蓄積され、それを用いた理論構築による行動経済学が成長しているわけである。その1つの例として、例えば、行動経済学から派生した行動ファイナンスの発展が挙げられる。行動ファイナンス詩論によって、金融・資本市場において資産価格がそのファンダメンタズかけ離れた動きをするという現象の背景のかなりの部分を「より現実的な投資家の行動」によって説明することができるようになったのである。