デザイン思考を超えた「アーティスト思考」の重要性

松永(2024)は、自身のプロミュージシャン時代のアーティストとしての経験をベースに、過去の偉大なミュージシャンを中心とした芸術家たちの活動や発想、作品を芸術の歴史と照らし合わせて学び、ビジネスアイデアに活かす志向のプロセスもしくは技術である「アーティスト思考」を提唱する。アーティスト思考は、ビジネスではこれまで重視されてこなかった「直感」「共感」「官能」といった感性こそが価値創造の原点となることを前提とした思考である。そして松永によれば、アーティスト思考は、一昔前に流行した「デザイン思考」とも違う。アート作品そのものについて考える「アート思考」とも違う。では、松永が提唱するアーティスト思考とはどのようなものであろうか。

 

まず、デザイン思考とアーティスト思考との違いであるが、デザイン思考は、共感をベースにして他者の課題を解決する手法である。デザインは「第三者の課題解決のためのもの」であるところがアートとは異なる。よって、デザイン思考の限界は、クライアントの課題を扱う「デザイン」の思考にとどまっていることにあると松永は指摘する。一方、アートとは、一人称で自分の想いを追求することであると松永はいう。デザインが二人称もしくは三人称であることとの決定的な違いである。つまり、誰かのためではなく、自分が追い求める理想を追求する。その想いに沿った行動と姿勢を貫く。それによって自分の官能を極める。それを通じた創造的なプロセスそのものに焦点を当てるのが松永のいうアーティスト思考である。

 

松永のアーティスト思考の根幹にあるのは、自分の感覚を信じ、物事の価値を瞬時に捉える「直感」、第三者の感情に寄り添い価値を感じる「共感」、そして感覚器官を最大限、敏感にすることで得られる「官能」である。従来のビジネスで重視されなかったこれらの感性こそが、新しい価値の原点となる。ビジネスにおいても、未来を考える際に、従来型のMBA教育で教わるように論理的に分析しなければいけないという先入観を捨て、あくまで直感・共感・官能を駆使し自分の感性で未来を描けばよいという。あるべき姿やありたい理想の姿は自らポジティブに描き、切り開いていくべきなのだという。これが未来を創造するイノベーションに大切なことで、新しい事業を構想するための基本だという。

 

アーティスト思考は一人称だとはいえ、そこから生まれるアートは社会課題の解決について重要な役割を果たすという。まず、アートは人々に感情や社会課題意識を喚起する力を持っている。抽象的なアイデアや感情を具体化することで鑑賞者に共感や議論を促し、社会的変化を鼓舞する役割を果たす。また、アートは文化の多様性と個別性を尊重し、異なる視点を示すことで他者との対話のきっかけにもなる。例えば「なぜこの作品が生まれたのか」を知ろうとすることが、他者理解の第一歩となり、差別や偏見、社会的不平等といった課題解決の第一歩になる。さらに、アートを通して生まれる創造性は、社会課題に対してこれまでにないアプローチを生み出す可能性を秘めている。アートに向き合うことは人生に彩を与え、豊かにしてくれる。それがひいては社会全体を豊かにしてくれるのだと松永は主張する。

 

ここまでをまとめると、アーティスト思考の主軸は自分の想いに重きを置くこと。自分の直感・共感・官能に沿って思考し行動して、自分の想いをビジネス化していくことである。しかし、ここで勘違いしてならないのは、アートにせよビジネスにせよ、「理論」や「ロジック」はとても重要だということである。いくら一人称で想いや感性を追求するといっても、理論を無視して突っ走ればよいというのでは決してないのである。松永は、創造性は体系化された理論なしに存在することは難しいというのである。つまり、理論は芸術の土台であり、アーティストの創造性と感性はその土台の上に築かれる建物だというのである。理論と創造性と感性をバランスよく、最大限に活かした結果として、素晴らしいアートが生まれるである。それはなぜかというと、アートにせよビジネスにせよ、物事には法則があるからである。

 

松永は、イノベーションとロジックは相互に影響するという。つまり、イノベーションは創造的な発想や新しいアプローチによって生まれ、イノベーションからは柔軟で効果的なロジックが生まれる。ロジックはアイデアを実行可能な形に変え、イノベーションを体系化し実現させる手段にもなる。同時にイノベーションとはロジックを知り、壊しながら生み出すものである。壊すためにはロジックとは何かを知らねばならない。音楽の歴史を深掘りすれば、ピタゴラスから始まった音律は、音楽と数学が密接に関連しており、心地よい音(ハーモニー)には法則性があることを示している。このロジックには再現性があり、そのルールに則っているからこそ、近現代の作曲家が曲を量産できるのだという。

 

心地よさが理論的、ロジックとして体系化されているということは、即興演奏であっても単なる思い付きでなく理論に基づいているということである。逆説的ではあるが、理論なくして即興演奏は表現できない。即興演奏とは、体系化された理論が背後にある創造物である。とはいえ、体系化されたものから心地よさが生まれると考えるのではなく、音楽のように自分が心地よいと思えるものを体系化していくことが時代が求める発想法なのだと松永は説く。しかし、理論は芸術の基盤であり、規則や概念、技術、歴史的文脈などを包括するものであるから、偉人・巨人のアーティストを見ればわかるとおり、アートにせよビジネスにせよ、過去を知り、理論やロジックを身に着けることは基本である。MBAで学ぶ経営理論も同じである。

 

ここまでの松永の解説をまとめると、理論は創造性を支え、進化させる役割を果たし、創造性によってアーティストは自分のビジョンをより意識的に構築し、表現を通じて他者と共有できるようになる。それぞれのバランスが芸術の進化に寄与しているわけである。理論は土台、創造性が設計図、出来上がったアートが建物に例えられるのであり、クリエイティブなアプローチと理論的な洞察の調和が鍵となるのである。土台としての理論は暗黙知(言語化を超え、身体で覚えてしまっているレベルで定着した知識)のレベルになるまで徹底的に叩き込むことが重要だという。理論を身体に叩き込むわけである。

 

そして、アーティストが自らの感情や創造性を芸術として表現する際には、暗黙知の形式知化というプロセスを踏んでいる。表現=形式知化を通じて他者と感情や思いを共有し、相互の理解を深めることができるのだという。また、新たな表現手法やジャンルへの発展、多様性の促進という点において、芸術全体の進化にも関わっている。非言語のもの(暗黙知)を体得し、それを言語化(形式知化)することを繰り返すことで音楽は進化してきたと松永は説明するのである。アーティストは、まず言葉で説明できる形式知を身体に叩き込んで経験で体得し、同時に、感じたもの、感じるままに表現することで暗黙知化する、そしてその非言語的表現を言葉で説明できる形式知に転化する。その際、従来の形式の破壊が新たな創造の源泉となるのだが、形式やルールをきちんと学んでいると壊しやすいという。

 

このようなアーティスト思考を身に着けるために松永が推奨するのは、まず、見て盗み、習得すること。他者の成功から学び、それを自身の戦略に取り入れることで競争力を維持し、新たな価値を創造することができる。次に、多角的な視点と発想を持つこと。視点を変えることが常識を破壊しアイデアを出す起爆剤となる。そして、発想の回帰をすること。つまり原点に立ち戻る。子供のころの夢、あれがやりたい、これになりたい、という衝動はとても純粋である。このような子供の発想に回帰してみるのである。

文献

松永 エリック・匡史 2024「直感・共感・官能のアーティスト思考」事業構想大学院大学出版部