現代思想はいかに世界を変革したか

石田(2010)は、現代思想の問いとは、私たち現代人の人間としての存在や、社会のあり方、文化や環境の成り立ちについて根本的な成立条件を問う試みだという。そのような根本的な問いは相互に結び付いて私たちの時代に固有な問題群として成立しているというのである。とりわけ、 21世紀初頭の私たちのいまの世界とはどのような世界であるのかを問うことが、現代思想の問いを立てることにつながると石田はいう。

 

知の地平すなわち、知の空間的あるいは場所的な「境界」は時代に応じて歴史的に変化していくわけだが、私たちがどの位置に立っているのか、どのような場所に自分たちを位置付けているのかによって、世界の見えも変化していくと石田はいう。よって、自分自身の立ち位置から現代の世界を問うことが現代思想の特徴でもある。ここでいう現代思想はひとつの学問領域ではなく、様々な学問領域を横断して立ち現れる「問いの領域」を指す。

 

そもそも思想とは、端的に考えるということであり、私たち一人ひとりが世界の基礎付けを自分の思考によって行うことである。問題群は多様な拡がりを持ち、知の領域は様々だけれども、それを知りながらも、ひとりで「世界を基礎づける」ことができるようになるというところが重要なポイントだと石田は指摘する。石田は、本書において、基礎理論の紹介から応用的な問題領域を解説しているが、その締めくくりとして、哲学は世界を解釈するのではなく、世界を変革することが重要だとするマルクスの言葉を引き、現代思想はたしかに世界を変革するということに役立ってきたと思うという。では、現代思想はいかに世界を変革してきたのだろうか。

 

石田は、5つの論点において現代思想による世界を変革を説明する。1点目は、現代思想は差異の思想によって世界を変革したというものである。言語には差異しかない、言語記号は差異のシステムだとする現代思想は、自分が考えている概念、自分が生きている意味、自分が現在世界を捉えている意識といった、人間が精神的なものとして経験している心的事実が実体としては存在せず、記号のシステムによって分節化された経験であるという、精神・観念・意識の実体性を否定し実体的同一性を疑うという認識を生み出したため、「同一性の原理」を基本として世界を捉える立場を逆転することにつながったというのである。

 

2点目は、現代思想は、観念の実体性を疑い、意味の実体論を否定することを通じて到達した「人間の意味の世界の恣意性」の認識を文化研究の領域に導入して発展させることにより、「文化の恣意性」の認識を生み出したということである。この考え方によれば、文化の違いは、それぞれの文化を規定している記号や言語の体系に基づいているため、別の文化は別のルールに基づいて固有の意味世界を作り出している。これは、西欧中心主義的、自民族中心主義的な文化・社会の理解に根本的な疑問符を付すこととなり、マジョリティ、マイノリティの問題に別の光を当てることにつながったということである。つまり、文化相対主義の立場が非常に重要な役割を果たすことにつながったというわけである。

 

石田による3つ目の論点は、自然と文化の区別の問題である。例えば、フロイト精神分析ラカンの構造論的精神分析などによって、性差(ジェンダー)というのは、決して生物学的な決定ではなく、言葉やイメージという象徴的次元が大きな役割を果たすことによって人間の社会や文化が制度化したものだという視点が生まれた。つまり、現代思想は、生物学的な決定論から、文化的な人間理解へというラディカルなパラダイムシフトを行ったというわけである。

 

4つ目の論点は、フーコーのような哲学者・思想家が登場し、人間の意味の活動というものが、社会的・文化的に構築されたものだという認識を発展させたことである。このように、近代人が超歴史的な同一性と考えがちな人間的事実の「構築性」に光を当てることで、例えばジェンダーや同性愛が、歴史的な社会・文化実践との関係で再考され、その社会の中での位置を変えることに貢献したと石田はいう。

 

5つ目の論点は、現代思想が、人間の文化や社会についての一元的な理解を超えて、複数的なものを基本と考える態度へと視点を転換することに重要な役割を果たしたという点である。例えば、ドゥルーズガタリに代表されるポスト構造主義では、人間の語る言語、生きている文化、性、歴史というものは、決して一元的原理で成り立っているわけでなく、様々な言語や、様々な文化、様々な歴史や様々な性によぎられて人間は生きているといったような「複数性の実践論理」によって説明し、そのことによって人間の文化理解を大きく変更し、世界を変えていく可能性を示唆したと石田は論じるのである。

 

すでに触れたとおり、現代思想は、私たち一人ひとりが世界の基礎付けを自分の思考によって行うことによって、世界を変革するための原動力を与えるものだといえよう。

文献

石田英敬 2010「現代思想の教科書」(ちくま学芸文庫)