価値獲得を基点にする利益イノベーション

川上(2021)は、企業には価値創造活動と価値獲得活動の両方によって持続的な存在が可能となるわけだが、企業の取り分を決める「価値獲得」から先に考えることによって利益イノベーションを生み出し、それによってさらに価値創造のイノベーションにもつなげていくというロジックを提案する。そのロジックを支えるのが、収益の多様化という発想である。収益の多様化という発想は、主要なプロダクトを通じて顧客への価値創造を行い、主要なプロダクトの適正な価格づけを通して利益を獲得するという伝統的あるいは平凡な考え方の枠をはみ出す発想であり、生み出した価値創造をベースとしながらも、主要プロダクトに限らずあらゆる形で自在に収益を生み、利益を極大化する方法を考えることである。

 

川上によれば、企業の取り分としての価値獲得から先に考える収益の多様化や利益イノベーションを実現することによってビジネスモデルを大きく進化させることが可能となり、それを通じて価値創造のイノベーションも実現できるようになると考えられる。収益の多様化を通じた利益イノベーションを実現するための要素としては、課金というコンセプトを軸にして主に3つあると川上は指摘する。それらは、1)課金ポイント、2)課金プレイヤー、3)課金タイミングである。利益イノベーションの要諦は、さまざまな課金の可能性を考えることで収益の多様化を企図し、多様化された収益機会をうまく組み合わせることでこれまで以上に利益が取れる、すなわち価値獲得が可能なビジネスモデルに到達することである。

 

課金ポイントは、現在の主要プロダクトのみを収入源と考えるのではなく、主要プロダクトを軸としつつも、その周りに課金できる機会が存在することを前提とした収入機会を探すことで収益の多様化を図る視点である。例えば、カミソリの替え刃やプリンターのインクのように、主要プロダクトを補完する付属品、消耗品、ソフトウェアのようなプロダクトからより多く課金するといったポイントや、主要製品を運ぶ物流やメンテナンス、保証など、主要プロダクトを補完するサービスから課金するというポイントである。このように考えれば、主要プロダクトの周辺に多くの課金ポイントが存在しうることが理解可能であり、かつ、主要プロダクトから利益をとらなくても、他の課金ポイントから多くの利益を獲得することさえ可能であることが理解できる。

 

課金プレイヤーの視点は、課金する支払い者として、自社のプロダクトを欲しがり、それに対して要求したとおりの対価を払ってくれる主要顧客のみならず、主要顧客に限定されない形で料金を支払ってくれるような相手を含んだ形で収益の多様化を試みるものである。主要顧客の外側にいる他の課金プレイヤーなど、新しい課金プレイヤーが見つかれば、さらなる課金ポイントを見つけたことになると川上はいう。例えば子供向けの映画に同伴して大人料金を払う保護者のように、主要顧客よりも多く支払う可能性がある課金プレイヤー、主要プロダクトに付随する広告掲載料を支払う取引企業などが挙げられる。テーマパークのファストレーンやネット販売のエクスプレス配達のように、重課金が可能な状況優先顧客も存在するだろう。

 

課金タイミングは、プロダクトを販売したら直ちに課金して収益を回収する伝統的な考え方のみならず、顧客から課金をするタイミングをずらすことも含め、課金のタイミングを多様化することを指す。例えば、支払い者の購入後の活動を知ることで、購入後に継続して課金してもらえるような仕組み(サポートやメンテナンスなど)を考えたり、会員制のようにユーザーが継続的かつ定期的に支払ってくれるようなサブスクリプション型の課金を生み出したりすることで、課金タイミングの多様化を図ることができるという。

 

川上によれば、上記の3つの要素を含む課金ポイントを考慮することでできるだけ多くの潜在的な収益源を認識し、それらの課金ポイントを組みあわせることでこれまでとは異なる価値獲得の生み方を作り出すのが利益イノベーションである。その際に重要なのは、いくら多様な課金ポイントを特定できたからといって、無作為で脈絡のない課金ポイントを組み合わせても意味がないということです。そうではなく、これまで以上の事業利益を長期的に生み出すための仕組みとして、ゼロベースで価値獲得を変革することなのだと川上は主張する。

 

例えば「フリーミアム」のビジネスモデルは、「無料」の力を利用して主要プロダクトを広範に普及させ、ユーザーに使用してもらう。そして、使い込んだユーザーのうち、ヘビーユーザーにのみプレミアムサービスを提供して課金する。「弱者から儲けず、強者から儲ける」というモデルを用いるマッチメイキングのプラットフォーマーの場合、出品側にのみ出店料などを課金し、買い手には課金しないという形態が多く、「特定の人からは儲けない」という方針を徹底していたりする。そして、サブスクリプション型の課金は、売り切りによって開発や製造コストを一気に回収するのではなく、薄く長く課金することで赤字のまま我慢を重ね、後になってからしっかりと利益を獲得していくというモデルなのである。

 

文献

川上昌直 2021「収益多様化の戦略: 既存事業を変えるマネタイズの新しいロジック」東洋経済新報社