イタリア・オランダ・イギリス・アメリカを舞台とする会計の歴史

田中(2018)は、世界においていかに会計が発達して現在までに至ったのかを、イタリア、オランダ、イギリス、アメリカを舞台とした歴史的ストーリーを展開することで分かりやすく解説している。非常にシンプルにこの会計の世界史を表現するならば、事業を営む自分のための簿記・会計が15~17世紀にかけてイタリアおよびオランダで発明され、それが19世紀にイギリスにおいて他人のための財務会計へ発展し、そして20世紀になるとアメリカで優れた経営を営むための原価計算管理会計が加わり、財務会計管理会計の二本立てになって21世紀の現在に至っているということである。


田中によれば、銀行と簿記は意外にもイタリアで誕生した。それは、15世紀の中世に地中海交易をわが物にしたイタリア商人の活躍に期を発する。その過程でイタリア商人の金融機能を貸付、為替、決済などのサービスによって支援するかたちでバンコ(銀行)が生まれ、紙の普及とともに銀行やイタリア商人が資金調達と運用の実態を記録するための帳簿として生まれたのが簿記である。そして大航海時代となって世界の金融・経済の主役になりつつあったオランダにおいて人類初の本格的な株式会社である「東インド会社」が誕生すると、事業による利益をきちんと計算し、それを適切に数多くの不特定多数の株主に分配する必要性から、資金提供者への利益計算および分配の報告(説明)(account)を意味する「会計(accounting)」という概念が生まれたのだと田中は説明する。つまり、オランダでの株式会社の誕生により、会社、そして事業の所有と経営の分離状況が生まれ、経営者が所有者(資金提供者)に資金面から経営状況を説明するようになったというものが会計の始まりだというわけである。


そして、18世紀後半から19世紀はじめにイギリスにおいて産業革命が起こり、鉄道が産業発展の重要な役割を担うようになると、固定資産の増加とその会計上の扱いが重要な課題となり、そこから固定費を適切に計算する際の減価償却という概念が誕生した。さらに、将来の支出を前倒しで費用に計上する引当金など、発生主義にもとづく収益と費用から利益を計算し、それを外部に報告するための財務会計が発展することとなった。さらに19世紀後半に新大陸において移民の国としてスタートしたアメリカに投資家の矛先が向いてくると、そういった投資家を相手とするビジネスとして数を増やしつつあったのが会計士である。当初、会計士は主に会社の破産処理を主な生業としていたのだが、会社が破産しないために財務の健康状態をチェックする仕事としての監査業務を生み出すことになり、経営者が資金調達先に結果を説明し、それを会計士が監査でチェックするという財務会計の構造が定着していった。このような過程で会計事務所が発達し、イギリスのみならずアメリカにも会計事務所が設立されるようになっていったと田中はいう。


その後、アメリカにおいて株式公開や証券取引が発達し、調達する資金量も大きくなってくると、資金を提供している株主のみならず、債権者や将来株を購入することによって株主になりうる広義の投資家を保護するために、株式を上場している企業に対して適切な情報公開を要求する会計制度の整備が見られるようになり、統一的な会計基準を定める動きも出てくるようになった。そして、19世紀終わりごろからアメリカで大規模な鉄道の敷設が始まり、標準化された製品を大量生産することによる産業拡大の時代が幕を開けた。工場の大型化や機械化が進み、製品の製造プロセスも複雑化していく中で、会社が利益を管理するために、製品あたりの原価を適切に計算する必要性が生じてきた。そこから、原価計算管理会計が生まれることとなったのだと田中は説く。


田中によれば、実際に管理会計の歴史がスタートしたのは、シカゴ大学で新しい会計講座が開設されたときである。そこから、工場レベルのコストを扱う原価計算から、全社レベルの利益、およびそれを生み出すための将来計画を志向する管理会計へと視点が拡大した。つまり、外部に対して過去の実績を正確に報告するための「守りの財務会計」に対して、将来を視野に入れて経営の効率化を目指す「攻めの管理会計」の誕生である。この時代の管理会計のポイントは、大規模化、多角化された企業において、財務状況をセグメント別にとらえ、固定費や共通費を各事業・各製品に割り振り、収益から費用を差し引いた製品別・事業別の採算性を検討することで、企業が「選択と集中」を図ったり、分権化を推進するためのツールとなっていったことである。とりわけ、デュポン公式が発明されることによって各事業を資本収益率(ROI)で評価する事業部制の動きが普及していった。大量生産時代によって、単に規模を追い求めるだけの経営から、効率を上げて利益を高めていこうとする効率重視の経営へと思想が移る中、その具体的な手段を管理会計が提供することになったわけである。


そして現代においては、管理会計の発達による「規模から効率へ」という転換によっていったん縮みがちになった企業経営を、「効率から価値へ」といった拡大・成長路線に戻す動きが見られるようになり、未来の将来キャッシュフローを増やす努力を行う経営が求められるようになった。効率から価値へ、すなわち企業価値を高めるための経営において重要となってくるのが資産の価値評価ということになるが、実際の取得額をベースに計算を行うことを伝統としてきた会計学に対して、将来のキャッシュフローの視点から会社や資産の価値を明らかにしようとするコーポレート・ファイナンス分野が開花し、管理会計のあり方もコーポレート・ファイナンスの影響を大きく受けるようになってきたという。つまり、現代においては、企業経営において、帳簿を作る(簿記)、決算書を読む(財務会計)といった力に加え、未来を描く(管理会計ファイナンス)という力が重要になってきたことを田中は示唆するのである。