量子力学が導くより正確な世界理解ー世界は関係でできている

細分化され専門化された学問としての量子力学は、物体の運動を理解しようとする物理学の1分野にすぎない。しかし、そもそも科学のもとをたどれば「この世界とは何だろうか」を問う哲学や自然哲学から派生したものである。その意味において、量子力学は、微小な視点でこの世界を成り立たせている根源的な現象に迫ることで、世界全体を理解する手がかりを探ろうとする学問であるともいえる。そして、ロヴェリ(2011)が指摘するように、科学とは世界を概念化する新たな方法を探る活動で、時には、過激なまでに新しいやり方でそれを実行する。科学は、自分の考えに絶えず疑問を投げかける力であり、反抗的で批判的な精神による独創的な力であり、自分自身の概念の基盤を変えることができ、この世界をまったくのゼロから設計し直せる力である。

 

上記の視点から量子力学を見ると、そのあまりの奇妙さに戸惑うことはあっても、現実を理解する新たな視点を提供してくれるものだとロヴェリはいう。ロヴェリが主張するその新たな視点とは、「現実は、対象物ではなく関係からなっている」というものである。この関係的視点から世界を理解しようとするならば、自分たちの頭の中にある「現実」の地図を根本的に問い直す核となり、現実が、自分たちが思い描いていたものとは根本的に異なっている可能性を受け入れることになる一方、心身問題すなわち物理世界と精神世界の異同や心の本質などの未解決の問題などへの答えにも近づいていくことを示唆する。では、量子力学の関係的視点とはもう少しかみ砕いくとどのようなものであるのか。

 

ロヴェリによれば、古典力学が生み出した世界理解は、この世は巨大な空間で、そのなかを、さまざまな力によって押したり引いたりされた粒子が飛び回っているということであった。しかし、量子力学の登場により、現実は、決して古典力学が記述するものではないことが判明した。科学的思考は、あらゆるものを絶えず疑い、論じなおすという、動き続ける思索である。そして、ロヴェリが解釈する関係論的な量子力学とは、「自然の一部が別の一部に対してどのように立ち現れるかを記述する」というものである。つまり、この世の中の様々な対象物や事物や存在は、各々が尊大な孤独の中に佇んでいるのではなく、ただひたすら互いに影響を及ぼしあっており、私たちが観察しているこの世界は、濃密な相互作用の網だというのである。

 

ロヴェリの主張する関係論的解釈によれば、1つ1つの対象物は、その相互作用のありようそのものであって、「存在するもの」は、その網のはかない結び目でしかない。その属性は、相互作用の瞬間にのみ決まり、別の何かとの関係においてだけ存在する。あらゆる事物は、ほかの事物との関係においてのみ、そのような事物なのである。この世界には、明確な属性を持つ互いに独立した実体は存在せず、ほかとの関係においてのみ、さらには相互作用したときに限って属性や特徴を持つ存在のみがある。粒子は永続的な実体ではなく束の間の出来事と考えた方がよいとシュレディンガーが言ったそうだ。私たちが普段の生活で、この世界は堅牢で連続したものであるという感じに慣れきっているのは、肉眼で巨視的にみているからに過ぎないのである。

 

とりわけ関係論的解釈で特徴的なのが、事実は相対的であるという見解である。ある対象にとって現実であるような事実が、別の対象にとっても現実であるとは限らない。よって、この世の中が属性を持つ実体で構成されているという見方を飛び越えて、あらゆるものを関係という観点から捉えるしかないとロヴェリはいうのである。私たちは量子論を通じて、あらゆる存在の性質、すなわち属性が、実はその存在の別の何かへの影響の及ぼし方に他ならないということを発見した。物理変数は、事物を記述するのではなく、事物の互いに対する発現の仕方を記述する。事実の属性は、相互作用を通じてのみ存在する。量子論は、事物がどう影響し合うかについての理論である。1つ1つの対象物は、その相互作用のあり方そのものである。

 

この世界は、様々な他者との関係によって生じる事実の網であって、それらの関係は、物理的な存在が相互に作用するときに現実のものとなる。このような関係論的な属性や関係が織り成す世界の観点に立つと、物理的現象も心理的現象も、相互作用が織りなす複雑な構造から生じる自然現象とみなせるようになる。例えば、心的世界に特有だと思われる意味や志向性についても、いたるところに存在する相関の特別な例でしかない。つまり、私たちの心的生活における意味や志向性と物理世界はつながっているとロヴェリは論じる。ロヴェリにとって量子力学は、自分たちの頭のなかにある「現実」の地図を根本的に問い直す際の核になったというのである。

文献

カルロ・ロヴェッリ 2021「世界は「関係」でできている: 美しくも過激な量子論」HNK出版