佐宗(2019)は、ビジネスや企業経営における思考法の領域では、これまで、カイゼン思考、戦略思考、デザイン思考が存在していたという。しかし、PDCAサイクルで回していくカイゼン思考は、不確実性の高いVUCAやAIなどによる自動化の時代には弱く、戦いに勝つための論理を追究する戦略思考は、既存の枠組みでの戦いでいずれ人々は疲弊してしまい、プロトタイピングに代表されるデザイン思考は、他人モードとなり自分を見失しないがちになるという。そこで佐宗が提示するのが、最も人間らしく、「好き」や「関心」に基づいた「自分モード」を錨として考えるビジョン思考である。そして佐宗は、ビジョン思考は、妄想からスタートするという。ビジョン思考とは、妄想を手なずけ、圧倒的なインパクトを生み出そうとする思考で、妄想→知覚→組替→表現のサイクルを繰り返すものである。
世界のエリートと言われる人たちは、「本当に価値あるものは、妄想からしか生まれない」と考えていると佐宗は指摘する。実現可能性を度外視した妄想から始めるビジョン思考は、まだ目には見えない理想的状態を自発的に生み出し、そこと現状とのギャップから、思考の駆動力を得ていく方法である。「内発的な妄想=ビジョン」である。壮大な妄想(=ビジョン)は、内発的動機づけを高め、創造性を刺激し、あらゆる資源を動員して実現しようとする中で、思わぬ技術革新などの副産物も得られる。佐宗によれば、具体的に妄想を引き出す方法としては、まず、自分モードの時間(何もしな時間)をスケジュール予約する。妄想が生まれてくるための余白をデザインするわけである。また、妄想クエスチョンという方法もある。例えば、「子供時代の夢は何だったか」「青春時代、何/誰に憧れていたか」「もし3年間自由な時間ができたら何をしたいか」などを自問する。
妄想から始まるビジョン思考も、それを駆動させるためには知覚力も大切だと佐宗はいう。五感を最大限に活用して世界を知覚し、ぼんやりとした妄想の輪郭をはっきりさせ、未来の可能性に彩られたビジョンの設計図や世界観を作っていくのである。これを可能にする知覚力は、感知(ありのままに見る)、解釈(インプットを自分なりのフレームにまとめる)、意味づけ(まとめあげた考えに意味を与える)の3つのプロセスから成り立つ。例えば、言語脳をいったん遮断してありのままに見る(感知)、箇条書きではなく「絵」にして考える(解釈)、画像と言葉を往復することで意味をつくる(意味づけ)などの方法がある。
佐宗のモデルでは、妄想から始まった構想が解像度が高まってアイデアらしくなってくると、構想の独自性を徹底的に突き詰めていく組替のプロセスに移る。他人の目を気にせず主観的にアウトプットしただけの構想を、他人の目線で外から眺めなおし、自分らしい世界観に基づいた独自のコンセプトへと磨きかけていく。最初はつまらない妄想であっても、概念を壊して作り替える(組替=分解+再構成)ことで、妄想の切り口を変え、新規性や独創性が備わってくる。例えば、常識を疑い、常識を覆すために、「あたりまえ」を洗い出す。「あたりまえ」の違和感を探る。「あたりまえ」の逆を考えてみるというようなかたちで要素を抽出して分解していく方法が有効である。とりわけ、違和感のある常識をピックアップし、違和感に正直になり、「あまのじゃく」スイッチをオンにして常識を裏返す。そして、分解したものをアナロジーを活用して再構成していく。
ビジョン思考のサイクルを構成する最後のプロセスは、アイデアとして組み替えた妄想を、いったん具体的な作品として表現するプロセスである。ビジョンを簡単にプロトタイプにしたものを通して、外部からフィードバックを得たり、次なる妄想の種にしていくわけである。このプロセスでは、限られた時間の中で、まず具体的な試作品を作り、フィードバックをもらい、より完成度の高い試作品を作るといったように、「具体化→フィードバック→具体化→」の反復をスピーディに繰り返すことだと佐宗はいう。表現の力を高めるため、習慣化するなど表現の「動機づけ」をする、表現を「シンプル」にする、表現に「共感の仕掛け」をつくる、という方法が有効だという。聞き手に共感を生み出したり、影響を与えたりするプロトタイプをつくるためには「ストーリー(物語)」が有効であることを佐宗は指摘する。「英雄の旅」などのストーリーを活用して、人を動かす表現を心掛けるのがよい。
これまで紹介したきたように、妄想→知覚→組替→表現のサイクルで表現できるビジョン思考を通じて、本人の内側から出てきた妄想(ビジョン)を駆動力とすることで、不確実性の高い時代でも個人が長期的な取り組みを持続することができ、どこかで背中を押してくれる大波が現れ「期待を超えた爆発」にめぐりあえる可能性が高くなるだろうと佐宗はいうのである。