すべての人が備える創造性を発火させる「イノベーション・エンジン」

シーリグ(2012)は、私たちの身のまわりのあらゆるものが創造性を発揮するチャンスになり、創造性があれば、たえず変化する世界を生き抜き、可能性を広げることができると主張する。創造性が高まれば、問題ではなく可能性だと捉え、障害ではなくチャンスだと思えるようになるという。シーリグによれば、創造性(クリエイティビティ)は尽きることのない能力である。たとえば子供は好奇心のかたまりで、自然に想像力を働かせ、身のまわりの複雑な世界を理解しようとする。新しいアイデアを常に試したり実験してみたりする。シーリグは、人間の脳は問題を創造的に解決するようにできているものであるから、生まれながらの創意工夫の能力を引き出し高めることは難しくないという視点に立ち、アイデアが次々とあふれ出て、想像力をいきいきと働かせるような姿を実現させるための「イノベーション・エンジン」というモデルを提唱している。


シーリグが提唱するイノベーション・エンジンは、身のまわりにチャンスを見つけ出す力、ばらばらなアイデアを結び付け組み合わせる力、思い込みを疑う力、問題を捉えなおす力を高める際に参考にすることができるもので、エンジン内部の3要素、エンジン外部の3要素の6つの要素から成り立つモデルである。まず、エンジン内部は、知識、想像力、姿勢の3つで構成される。知識は、想像力の燃料であり、想像力は、知識をアイデアに変える触媒である。そして姿勢は、イノベーション・エンジンを動かす起爆剤であるとシーリグは説明する。エンジン外部は、資源、環境、文化の3つで構成される。資源は、私たちが所属するコミュニティに存在するすべての資産であり、環境とは、家庭や学校、職場など、私たちが過ごす場所であり、文化とは、私たちが所属するコミュニティの集団的思考、価値観、行動様式である。


イノベーション・エンジンを構成する内部と外部の6つの要素は互いに絡み合い、互いに影響を与え合っているとシーリグは説明する。例えば、創造性を高めるためには、人や場所、モノ、アイデアを思いがけない形で結びつけることで、想像力は大きく膨らむ。ブレインストーミングを活用すれば、想像力を刺激し、思い込みを疑い、ありきたりの答えでなくほんとうの面白いアイデア、ユニークなアイデアにたどりつくことができる。そして、的を絞った観察を行うことで、世の中の事象について貴重な知識が得られる。この知識があらゆるクリエイティブな取り組みの出発点になる。つまり、知識が想像力の燃料になる。このように、知識、想像力、姿勢は密接に結びついている。


同時に、イノベーション・エンジン内部の3つの要素の連携は、外部の空間や環境からの制約の影響を受ける。刺激のある空間で生活をし仕事をしているなら、斬新なアイデアが大いに歓迎される。つまり、クリエイティブであるためには、想像力を開放するような物理的な空間をつくる必要がある。逆に、時間、カネ、場所、人などが揃っておらず不足しているなど環境からの制約があると、それによって想像力が研ぎ澄まされ、イノベーションが生まれる。制約はクリエイティブなエネルギーを触発し、蓄積するツールだとシーリグはいうのである。また、創造性を評価するフィードバックをするなど、個人にクリエイティブになってもらうためのインセンティブを備えた環境の構築も重要だとシーリグはいう。また、異なる視点を持ち込んでくれる人、異なる仕事のスタイルを尊重できる人、対立を解消する人などを有するチームワークも重要だという。これらは、資源、環境、文化と密接にかかわっている。


また、身近に存在する資源が知識に影響を与え、知識があればその資源を手に入れやすくなる。私たちがつくりだす環境は想像力の表れであり、自分たちの考えを反映してつくった物理的空間が想像力に影響を与える。私たちの住んでいるコミュニティの文化は、そこに暮らす人々の集団的な姿勢であると当時に、それが私たちの考え方や行動に影響を与える。このような形で、エンジンの内部と外部も影響を受け合っている。このような関係を考慮しつつ、イノベーション・エンジンがうまく作動している状況を考えると、以下のようなプロセスになるとシーリグは説明する。まず、姿勢が好奇心に火をつけ、関連する知識を得ようとする。そららの知識が想像力の燃料となり、新しいアイデアを思いつけるようになる。そして、そういった想像力が触媒となり、刺激的な環境をつくり、身近な資源を活用する。こうした環境と姿勢がコミュニティの文化に影響を与える。このようなイノベーション・エンジンを起動させるために、課題に立ち向かい、チャンスをつかもうとする強い意欲、姿勢を持ち、問題解決を促すような場をつくるなど、ためらわずアイデアを出せる環境を整え、イノベーションを最適化するチームを作り、実験を奨励する文化をはぐくむなどの環境づくりも重要だとシーリグは説くのである。