「理性」で読む「西洋美術史」

木村(2017)は、いつも講演で「美術は見るものではなく読むもの」と伝えているという。つまり、美術は「感性」で見るものではなく、「理性」で読むものだというのである。美術史を振り返っても、西洋美術は伝統的に知性と理性に訴えることを是としてきたと木村はいう。つまり、古代から信仰の対象でもあった西洋美術は、見るだけでなく「読む」という、ある一定のメッセージを伝えるための手段として発展してきたわけで、それぞれの時代の政治、宗教、哲学、風習、価値観などが造形的に形になったのが美術品であり建築なのだと木村はいうのである。


とりわけ美術史は欧米人にとって必須の教養であり、欧米社会における重要な共通認識、コミュニケーション・ツールだと木村はいう。ただ、欧米での「美術史」はいわゆる「アッパークラス感」が強くでる学問であることは事実で、ある一定以上の階級以上の人たちにとっての必須の教養だったということである。欧米の美術館が誇る芸術作品は、時の権力者が制作させたものがほとんどであり、王室の美術コレクションを一般公開したものや、上流階級の人々のコレクションが寄贈されたものだというのである。このように、美術品とは、ある一定の知識や教養をもった人たちが発注し収集したものであって、こうした社会を牽引した人々が作り上げてきた文化が脈々と受け継がれ、根付いてきたのが現代の欧米のエリート社会なのだということを木村は示唆するのである。


このような視点に基づいて木村が解説する西洋美術史をざっと概観すると次のようになる。まず、古代ギリシア時代から中世にかけては、「神」中心の世界観が生まれ、その世界観が美術に反映されていた。古代ギリシアでは、神が喜ぶものとして、あるいは兵役で男性が体を鍛えることが必須であったことから、裸の男性美が彫像の中心的テーマであった。その後、古代ローマの文化がギリシアの文化を継承しながら西洋文明における古典文化として現代まで継承されるようなローマ独特の発展をしたが、そこでは「美」の追求から「写実性」の時代に移行し、後世に影響を与えたローマの大規模な公共建築も出現した。そしてローマ衰退とともにキリスト教社会が到来し、ロマネスク、ゴチックなど「目で見る聖書」としての宗教美術が発達したのである。


その後、ヨーロッパ都市経済の発達とともに都市の市民文化が成長し、ルネサンス、北方ルネサンスベネツィア派など芸術のイノベーションが起こった。「人間」の地位向上とその尊重が見られるようになり、古代の美が再生を果たしたということもできる。また、プロテスタントの誕生とともにカトリックとの勢力争いからバロックなどの新しい宗教美術も生まれ、オランダ独立と市民階級の台頭も、市民に向けた描かれた多種多様なオランダ絵画を生み出すことにつながった。


一方、フランスでは、ルイ14世がつくりあげた絶対王政によって、政治のみならず美術も中央集権化され、独自の「フランス古典主義」が生まれると同時に「芸術家=知識人」という強烈なエリート意識が社会に浸透していった。その後「王の時代」からロココ文化のような「貴族の時代」に移行し、理性に訴える建築、絵画、室内装飾に対して、感覚に訴える色彩を重視したものが台頭するようになり、「理性」と「感性」の戦いが勃発した。その後フランス革命やナポレオンの台頭で「新古典主義」が幕を開けても、理性と感性の戦いが復活したりしたのである。


そして、産業革命から近代社会、近代美術が発展する時代が到来する。近代社会の発展によって生じた格差や現実を描くレアリズム、文化的後進国であったイギリスの発展に伴う国力や文化の増強、工業の発展と都市のブルジョアジーの台頭によって田園風景絵画への需要などから生まれたバルビゾン派、「何を描くか」ではなく「どう描くか」に焦点をあてた時代を反映した印象派の登場、そしてアメリカン・マネーで開かれた現代アートの世界といったように、各時代の歴史や価値観、経済状況と各時代の美術の意味が綿密に結びついているがゆえに、美術、美術史を「理性」で読むことの重要性を木村は重ねて強調するのである。