物理学的思考法とは何か

橋本(2021)は、日常的な出来事に関する様々なエッセイをもとに、物理学者が繰り出す究極的な思考法を紹介している。そもそも物理学の研究対象は、広大は宇宙から極小の素粒子まで想像を絶する世界であり、物理学者はそういった浮世離れした対象のことを毎日考え続けているため、一般とは異なる思考方法に熟達している。橋本はそれを「物理学的思考法」と呼ぶ。例えば「そこに牛が見えますね。ではまず、牛を球と仮定します」というのは物理学的思考法を揶揄する有名なジョークだそうである。

 

物理学的思考法では、物事を抽象化し、奇妙な現象が発生する理由を論理的に推察するところから始まるという。その際、あらゆる記述において、まず仮定を明らかにし、自分で仮説を立てる。そして、それを実証するために実験や観測をする。その際、計算に用いる法則を明示して、それに基づき計算を実行し、最後に計算結果の物理的解釈を述べる。自分の仮説が検証されると満足感を覚え、新しい現象を予言するというサイクルなのだという。

 

では、そのような物理学的思考法につながるような物理学とはそもそもどんな学問なのだろうか。橋本によれば、物理学とは、理系における究極論理の学問である。また、物理学はさまざまな極限状況から新しい考え方や見方を発見していく学問でもある。そこで前提となっているのが、昔、青山秀明氏が橋本の前で語ったように、物理学とは「宇宙が何からできているのか、どうやって始まったのか、それを数式を使って解き明かしていく学問」だということである。

 

つまり、物理学は、この宇宙で起こるあらゆる現象を数式にして、数学者が作り上げた微分積分などの概念を駆使し、現象の理由を解き明かしていくのである。橋本が高校時代に好きだった高校数学、そして矛盾しない論理だけを頼りに言語を作っていくような数学者が職業として行う数学ではない「高校数学」とは、実は物理学のことだったのだと橋本は気づいたそうだ。

 

であるから、とりわけ理論物理学者は、物理現象を表す数式から出発して、それを解くために変形する。その数式の背後にある物理現象がどんな風に起こっているのかを知りたいから、数式をいじっているのだと橋本はいう。いったん現象が数式化されると、その瞬間に世界が抽象化される。そして数式は独自のルールで自分勝手に動き出す。なぜなら、和の世界は、足し算や引き算のルールが決まっており、そのルールの範囲内で行ける場所が限られているから「動き」が見えてしまうのだという。

 

では、物理学者が物理学の世界にのめり込んで熱中する原因はなんだろうか。橋本によれば、物理学者は、視界に入るあらゆるもの、物質を、不思議だなと感じ、理解しようと努力する。実際、人間の思考はその身体に制限されている。しかし、体は空間的に束縛されていても、頭の中には広大な平野が広がっている。であるから、究極的な宇宙への疑問、それを解き明かそうとする思考は、そこへ行ってみたい、目で見たい、触りたい、という身体からの欲求なのだという。人間の身体は何万年と変化していないから、不変の研究テーマが人間にあるのだろうと橋本は述べる。

文献

橋本幸士 2021「物理学者のすごい思考法 (インターナショナル新書)集英社インターナショナル」