人生を成功に導く「論理力」と「鋭い感性」を身に着ける

出口(2012)は、人生の鍵となるのは、「論理力」と「鋭い感性」であるという。論理力とは、物事の筋道を「理解し、説明する」力と言い換えることもできる。感性は、言葉の微妙・微細な使い方による、その人独自の表現である。出口によれば、論理力も感性も、日本語の運用能力の問題であり、後天的に学習・訓練によって身につけることができる。つまり、出口は、「日本語の運用能力を身につけることで、論理力と感性が養われる」と主張するのである。


論理力・感性と深く関わっているのが、想像力・創造力である。そのポイントが「常識を疑う」「違う視点から物事を見る」ことである。成功する人は、「同じものを違った角度から見る」人なのだと出口はいうのである。なぜなら、現在は「一人勝ち」の時代であり、異なる角度から物事を見ることによって独創性を発揮できた人が、一人勝ちできる可能性が高いからである。誰もが同じ価値観で、同じ考え方しかできないから、おのずと大多数が敗者になるのである。


同じものを違った角度から見ることの一例として、弁証法がある。例えば、お互いに意見が対立し、どちらも譲らない場合、それぞれが自分の視点、価値観でものごとをとらえている限り、自分が正しく相手に非があると思ってしまう。しかし、ここで「弁証法」が利いてくる。弁証法とは「対立命題を高い地点に押し上げて、統一を図ること」(止揚アウフヘーベン)である。ここで必要なのが「視点を変えること」なのである。


また、別の例として「レトリック」がある。レトリックは、想像力と創造力の営みである。私たちはいつも同じものに対し、同じ表現をしがちであるが、いつも見ているものや情景を、言葉を変えて表現してみると、レトリックにつながる。例えば、ニュートンが「リンゴが木から落ちる」というのを「リンゴと地面が引っ張り合う」と表現することで、万有引力の発見につながったという話があるが、これは、ニュートンが同じ現象に対して「表現を変えてみた」、すなわちレトリックを用いたということである。


つまり、同じものでも、見る角度を変えることによって、いままで目に入らなかったものが見えてくるということなのである。逆にいえば、いつも同じ角度から見ていると、いつも同じ部分が死角となって目に入ってこないということである。そういう意味で、レトリックは、創造・発見の方法なのだと出口はいう。また、レトリックは、いままでとは視点を変え、表現を変えることであるから、強靭な想像力も必要なのだという。


さらに、論理力を鍛え、大切なことを記憶するための有効な1つの手法が、「物語る」ことだと出口はいう。「物語る」ことは、筋道を立てて語ることで、ことの事態を把握し、記憶しやすくすることにつながる。つまり、物語るとは論理的に話すことであり、論理的思考の1つの大切な要素である。また、物語ることは、人間の本能的な欲求の1つである。つまり、「物語る」という行為には、体験を「共有化」したいという欲求と、筋道を立てて話したいという欲求があるのである。


また、創造的思考のためには、活字が最も効果的で、抽象度の高い文章が適していると出口はいう。言語=思考だから、文章を理解することは、それを考えることにつながるからである。