自分の人生もしくはキャリアにおいて、ある場面ある場面での意思決定や行為は、即興劇にたとえることができる。その場その場でもっとも適切だと思う行為を、その場における情報などの材料を最大減に活用して、かつ自分の希望や目標などとも絡ませながら、もっとも望ましいのは何かを決めながら、動く。
しかし、これらの即興劇が日々蓄積されると、それはストーリーとなり、人生劇場もしくはキャリアストーリーとなる。その場、その場で最善をつくそうとしながらの打ち手が連なって、ひとつの「流れ」を形成する。だが、これは単純に、特定の即興劇の総和が人生のストーリーというわけではない。
人生やキャリアのストーリーは編集され、取捨選択されながら、全体としての統一感、流れ、方向性をデザインされてわきあがってくるものなのである。キャリア・デザインもある種の編集であり、過去から将来に向う道筋をつくっていくような試みである。
重要だと思われる出来事や意思決定が取捨選択され、重要でないものやノイズ的なものは取り除かれてストーリーが作られる。また、自分が将来こうなりたいという夢や目標なども、過去からの流れの連続性を保つ範囲内でうまくストーリー編成に取り入れられる。さらに、ストーリーに面白みをもたせるために、起承転結やメリハリといったテクニックも絡みながら、魅力的な流れが編集される。
こうして、絶え間なく編集・再編集されつづける人生劇場、キャリアストーリーは、最終話がどうなるのかはまだ決まっていないものの、将来起こりうる出来事や意思決定、行為についてのなんらかの方向性、勢い、動きなどが含まれている。そして、それ自身が、即興劇である日々の場面の意思決定の仕方や行為になんらかの影響を及ぼす。つまり、日々の即興劇と、それらの連なりとしての全体ストーリーの間には、どちらかがどちらかの原因となるといった単純な因果関係ではなく、相互に影響をしあいながら同時進行する性格をもったものなのである。
参考
清水博「場の思想」東京大学出版会 (2003/07)