キャリアデザインの即興理論


キャリアデザインとキャリアドリフトを対立的に捉え、キャリアの節目ではしっかりとキャリアデザインを行い、それ以外では流されてもよい(キャリア・ドリフト)というキャリアデザインのモデルがある。仮にこれを計画−ドリフトモデルと呼ぼう。しかし、このモデルにはいくつかの問題点がある。


まず、計画と実行の分離性で、現実問題として、計画と実行を明確に分離するのは難しい。企業経営における戦略計画のように、計画を制度化すると、それが形骸化する危険性もある。


次に、キャリアの節目がいつなのかを判断するのも難しい。往々にして、当時は気づかないが、振り返ってみるとあそこが節目だったのではないかと思うときがある。また、節目と感じたときに計画を行なうと、身の回りの変化に対して受動的かつ後手後手に回る可能性もある。なんらかの出来事に対応して自分を変えるのではなく、環境変化に先んじて積極的に自分を変えていくことも大切な場合がありそうである。


そこで、これらの問題を克服する代替モデルとして、キャリアデザインの即興理論を提唱する。即興の特徴は「計画と実行の同時性」であり、行為をしながら(行為の)計画が練り上げられ、次にそれが行為に頻繁に反映される活動、もしくは、前の行為が次の行為の資源に変わることによって、古い要素に新たな要素が絶えず付け加わっていく(漸進的な変化もしくは進化)プロセスを内包する。また、先に計画し、その後行為するという因果の流れを断ち切り、「行為が先行し、結果を出して、その後計画を作る」あるいは「行為と計画と内省が入れ替わり立ち替わり他を先導して展開していく(遠山ほか 2007)という別の思考枠組みを提供する。


計画−ドリフトモデルは、組織変革におけるレヴィンの「凍結−解凍−再凍結(freeze, unfreeze, refreeze)モデル」に考え方が近い。すなわち、大まかな方向性を含むキャリアデザインを行なった後は、それを凍結したまま、しばらくは流れに任せる。そして節目にさしかかった時点で、過去のデザインを解凍し、再びデザインしなおす。そして、新しいデザインを再凍結し、後はしばらく流れに任せるというった繰り返しである。


それに対し、キャリアの即興モデルは、連続的変化もしくは漸進的変化・進化モデルに近い。キャリアデザインとキャリアドリフトは分離しておらず、偶発性やセレンディピティも取り込みながら、つねにデザインとドリフトを同時並行的に進めていると解釈することができる。すなわち、常に計画の微調整を実施していると言い換えることもできる。また、現象的・表面的にはキャリアの節目が存在するように見えるが、それは連続的変化の蓄積が背後にあると解釈できる。つまり、そのような変化の蓄積が現象面においては不連続な変化(転職など)につながる場合があるが、小さな変化の蓄積(進化)がなければ、不連続な大きな変化は困難であるという見解につながるのである。