近年注目を浴びているFIREとは、Financial Independence, Retire Eearlyの略で、経済的独立の確立による早期リタイアメントを目指すムーブメントである。山崎(2021)によれば、FIREを目指すことは、自分の人生を通じた経済的安全を確保するための取り組みであり、そのために、自分の老後の経済的安心づくりと自分の将来の働き方や生き方の見直しにもなるため、ライフプランニングとリタイアメントプランそのものであるという。そして、この社会的ムーブメントは、並行して進展している持続可能な開発目標(SDGs)や、投資家が環境・社会・統治を重視するESG投資とも無関係ではない。むしろ、緊密に連動したムーブメントだと考えられる。なぜそういえるのかを以下で説明しよう。
山崎は、FIRE実現のためには「年収をもっと増やす」「ムダな支出を減らす」「できるだけ高利回りで増やす」という3つの合わせ技が必要不可欠だと指摘する。まず、FIREを目指すためには普通の生活よりもハイペースの貯蓄を考える必要があるため、自分の価値を高め、時給を高くすることで年収を多く稼ぐ工夫が欠かせない。そして、お金が貯まる流れを作りだすために、節約を欠かさないようにする。必要のないものは買わない、同じものであれば安く買うということを心掛ける。そして、資産が増えるベースを高めるたえに、リスクをとって資産運用をする必要がある。これだけを見れば、FIREは極めて個人主義的な活動に見えるが、社会全体で見てみるとそうでもない。
まず、一人ひとりが同じ時間働いて、より多くのお金をもらう方法を考えることは何を意味するのであろうか。それは、価値を生まない仕事をカットして、価値を生み出す仕事にのみ集中することで、生産性を高めることを意味している。社会全体でこれが進めば、社会全体からムダな仕事がなくなり、社会全体の生産性が上がる。また、一人ひとりが副業や兼業も活用しながら収入増を企図するならば、それは本人が持っている知識やスキルを横展開して活用することにつながり、社会全体でみれば人的資源が効率的に活用できることにつながる。これも社会全体の生産性を高めることにつながるわけである。
つぎに、節約を心掛け、無駄なものを買わないことは、環境保護やサステナブルな社会に貢献する。環境に悪いものは買わない、ゴミを増やすようなことをしない、物質欲を満たすことよりも人とのつながりを大事にしたり心を豊かにする消費活動を心掛けることは、地球環境資源の浪費をミニマムにし、人とのつながりを良好にすること、すなわち愛のある社会を促進する方向でお金を循環させることにも貢献するだろう。企業側から見ても、そのような消費者のニーズを満たすために、環境破壊に貢献するような商品を生産しない、差別や不平等を促進するようなサービスを提供しないといったように、SDGsに貢献する企業経営を推進することにもなるだろう。
そして、一人ひとりが収入を増やし、節約することで貯めたお金を増やすための投資活動に力を入れることは、これまで以上に経済的価値を生み出す企業に資金が流入していくことを意味する。とりわけ、山崎は、FIREを目指すような人に対しては、投機的な活動をするのではなく、インデックスファンドなどを通して長期投資を推奨している。これを社会全体で見た場合、まとまったお金を託されたファンドが数十年といった超長期で投資を考えるならば、おのずと地球環境を破壊したり、望ましくない社会をもたらすことに貢献するような企業ではなく、SGDsを推進する企業に資金が流れるようになることを意味している。これは、投資家によるESG投資によって可能になる。
このように、一人ひとりがFIREを目指すと、社会全体のお金の流れも変化し、それがESG投資などを通して持続可能な社会の実現に向けた活動を活性化させることにつながると考えられるのである。もちろん、個人が行動を変えれば社会も変わるといったボトムアップ的な社会変革が簡単にいくわけではない。そのような動きを阻むような政治・経済・社会構造が存在しているからこそ、そう簡単に望ましい社会に移行するわけではないのである。だが、FIRE, SDGs, ESGを関連付けて考えることの意味はあるだろう。