生命とは何か

ナース(2021)は、「生命とは何か」という大きくかつ根本的な問いに対して、 生物学における5つの考え方を階段を1段ずつ上るようなかたちで紹介し、この5つの考え方を新たなかたちで結びつけることによって、生命の仕組みについての、はっきりとして見通しにたどりつこうとしている。まず、生物学の5つの考え方について説明しよう。

 

1つ目の考え方は、生命の基本単位は「細胞」だということである。これは、物質の基本単位が原子であることになぞらえることができる。ナースによれば、細胞はあらゆる生命体の基本的な構造単位であるだけでなく、生命の基本的な機能単位である。細胞はそれ自体で1つの生命体である。そして、すべての細胞は細胞から生じる。この細胞分裂という機能が、あらゆる生物の成長と発達の基礎だというわけである。

 

2つ目の考え方は、生命には、親と子が似ることが繰り返されるなど何世代に渡る継続性があり、それは、遺伝子を通じて行われるということである。遺伝子の正体はデオキシリボ核酸(DNA)であるが、生物学の発展により、このDNAの構造とそこに含まれている遺伝子暗号が解読可能になり、細胞分裂を通じて遺伝子が合成・複製されるプロセスも明らかになってきた。そして、遺伝子は、安定し続けることによって情報を保存すると同時に、ときには大幅に変化をすることで、生命が実験を行い、進化の原動力になることをナースは示唆する。

 

3つ目の考え方は、生命は自然淘汰のプロセスを通じて進化するということである。1つ目と2つ目の考え方によって、生命では細胞分裂の際に特徴が次の世代に引き継がれていくわけであるが、たまにおこる突然変異が環境に適応したものならば、その特徴が次世代以降に引き継がれることによって進化が起こる。このような自然淘汰を通じた進化は、きわめて創造的なプロセスだとナースはいう。何十億年もかけて、さまざまな種が台頭し、新たな可能性を探り、異なる環境と作用しあうことによって、判別できないほどその形を変えていったのである。そして、すべての種は、絶え間なく変化し、最終的に絶滅してしまうか、新しい種へと進化していくという。 

 

4つ目の考え方は、生命は化学反応によって成り立っているということである。実際、命のほとんどの側面は、物理学と化学の観点から説明できるとナースはいう。生命体で発生する膨大な化学反応を「代謝」と呼ぶ。代謝は生きているものが行う、維持、成長、組織化、生殖などすべての行動の基礎であり、こうしたプロセスを促進させるのに必要なすべてのエネルギーの源である。細胞ひいては生体構造は驚くほど複雑だが、突き詰めていくと、理解可能な化学的かつ物理的な機械だというのである。今日の生物学者は、驚くほど複雑な、生きている機械の全部品の特性を明らかにし、分類しようとしているという。

 

5つ目の考え方は、生物は情報処理を行っているということである。生命が複雑なシステムとして、自らを維持し、組織化し、成長し、増殖する、すなわち自分と自分の子孫を永続させたいという目的を達成するためには、自分たちが住む外の世界と身体の内側の世界との両方の状態について、情報を常に集めて利用する必要がある。つまり、生命の内側と外側の世界は変化するから、生命体にはその変化を検出して反応する方法が必要なのである。このような情報処理は、細胞が生命の基本単位としての化学的かつ物理的な機械だと考えると、どのように情報を記憶したり、利用したりするのかも科学的かつ物理的な視点から理解可能だというのである。

 

そしてナースは、上記の5つの考え方を組み合わせ、次のように生命の基本原理を説明する。生命の1つ目の原理は、生命は、自然淘汰を通じて進化する能力を有しているということである。生殖し、遺伝システムを備え、その遺伝システムが変動するという3つの特徴を持っているものは進化できるし、実際に進化する。2つ目の原理は、生命体は境界を持つ物理的な存在だということである。つまり、生命体は周りの環境から切り離されながらも、その環境とコミュニケーションを取っている。この原理は、生命の基本単位である細胞から導き出される。3つ目の原理は、生き物は化学的、物理的、情報的な機械だということである。自らの代謝を構築し、その代謝を利用して自らを維持し、成長し、再生する機械なのだという。

 

ナースは、上記の3つの原理が合わさって初めて生命は定義されるとし、この3つすべてに従って機能する存在は、生きているとみなすことができるというのである。

文献

ポール・ナース 2021「WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か」ダイヤモンド社