職場で従業員が生き生きと働いていない、エンゲージメントが低いなど、悩みをかかえる個人や組織は多い。その原因は何かについて、Cable (2018)は、本来人間が進化の過程で身に着けた生物学的な脳の機能が活性化されていないからだと示唆する。心理学的というよりは生物学的な問題だというのである。それは何かというと、人間の脳がもつ「探求システム(seeking system)」である。逆に言うと、働く人々の脳の探求システムを活性化させることで、生き生きと働くことができるようになるということである。
脳が持つ探求システムとは、分かりやすくいえば探求心のもとである。人間は、本来探求心をもって生まれてくる。それは進化の過程で探求心が備わるようになったからである。探求心を有するようになった人類は、身の回りの自然を探求し、いろいろと学び、さまざまな工夫を重ね。便利な道具を発明しつづけてきた。だからこそ生き延びることができた。この探求心を支える生物学的機能が脳の探求システムであることが脳神経科学で明らかになってきた。Cableによれば、探求システムが機能しているとき、人は探求心をもった自分自身を表現できている。そして、いろいろと興味をもって周りを観察し、何かをなすために環境に働きかけてみたり、何かをつくってみたり、試してみたりと、何らかの目的をもって探索的・実験的な活動をするようになる。その結果、いろんなことが分かってきたり、学習したり、新しいものが創造されたりすることに喜びを感じるのである。
しかし、高度に発達した現代社会は、人々の秩序ある社会的営みを維持するために、意図的に探求システムを抑制するようなかたちで成り立っている。ここに、人々が生き生きと働けなくなる原因があるとCableは指摘するのである。具体的に言えば、探求心につき動かされた身勝手な行動を許さず、1人一人が自分の役割に沿ったかたちで決められた社会のルールに従い、毎日同じことを繰り返す、すなわちルーチンワークが必須となる。そうすることで高度に統制された秩序ある社会が成り立つ。現代社会において、大企業などで粛々と仕事に従事する人々は、探求心をもったありのままの自分を表現することができず、なんらかの目的をもって試行錯誤をすることもゆるされず、よって、何かあたららしいことを発見したり、面白いものを創りあげたりする機会も奪われてしまう。
つまり、現代社会で働く社会人の多くは、本来人間が進化の過程で獲得した生物学的な探求システムを抑制されてしまっているがゆえに、元気がなくなり、生き生きと働けなくなっているというわけである。逆に言えば、人間の生物学的な探求システムを活性化するようなマネジメント、つなわち、働く人々の探求心を刺激するような職場環境の構築やマネジメントの実践が、人が生き生きと働く職場をつくる鍵なのだとCableはいうのである。働く人々のクリエイティビティが欠如しているとか、どうすればクリエイティビティを高めイノベーションを起こすことができるのかなどというが、そもそも人間は本質的にクリエイティブな生き物なのである。つまり、放っておけば勝手に脳の中の探求システムが作動して、いろんなことに興味をもっていろんなことを試し、何か新しいものを生み出していくような生き物なのである。