非競争戦略のメカニズム

山田(2015)は、業界のリーダー企業と戦うことなくビジネスを有利に進めることを可能にする「競争しない競争戦略」について体系的に解説している。山田によれば、競争することはメリットもあるが、お互いに消耗戦に陥るなどデメリットも多い。消耗戦になればどうしても体力のあるリーダー企業に軍配が上がる。よって、孫子も説くように、戦わずして勝つことが最良の戦略であるならば、それは業界のリーダー企業とどう組していこうかが焦点となる下位企業のビジネスにも当てはまるということである。


非競争戦略のメカニズムのポイントは、業界リーダー企業の戦略布石を良く理解し、その戦略布石を封じこめるような策をとることである。具体的には、リーダー企業と「棲み分ける」か「共生」をすることで、リーダー企業が自分の領域に入ってこれない(入ってくると損をする)ように仕向けることである。山田によれば、リーダー企業の戦略布石は、周辺需要の拡大(市場のパイを拡大させる)、同質化政策(チャレンジャー企業の差別化商品を模倣していく)、非価格対応(下位企業の安売り競争に応じない)、最適シェア維持(利益率を維持するためあえてシェアを高めない)がある。これらの戦略布石を封じ込めるか、逆手にとることが、非競争戦略の基本となる。


山田の提唱する非競争戦略のうち「棲み分け」は、ニッチ戦略と不協和戦略に分類できる。ニッチ戦略とは、リーダー企業の持つ戦略資源と、当該企業がしかける市場が不適合になるような戦略である。例えば、リーダー企業の持つ経営資源から見て、当該企業が開拓した市場が規模的に小さすぎるため、そこに参入するとリーダー企業の高い固定費により赤字になってしまう場合や、その市場を開拓するための経営資源が非常に特殊で、相対的に豊富な経営資源を持っているリーダー企業であってもその特殊資源を今から保有するのは割に合わない場合である。このようなニッチ戦略をとる企業がリーダー企業から攻め込まれないようにするためには、市場規模をあまり大きくしないこと、利益率を高くしないこと、市場を急速に立ち上げないことが挙げられる。とりわけ、量と質の二軸を念頭において市場を限定させることで、リーダー企業にとって攻め込むには不適合である(割に合わない)市場を維持することができるわけである。つまり、リーダー企業に追随(同質化)されないよう、さじ加減で市場規模をコントロールしながら成長するということである。


棲み分けのもう1つの戦略である不協和戦略は、当該企業がしかける競争のやり方と、リーダー企業の経営資源もしくは戦略が不適合となるような戦略である。この戦略は、リーダー企業が下位企業に対して仕掛けやすい同質化政策をブロックする役割を担っている。つまり、リーダー企業が同質化したいのにできない場合と、同質化できるのにしたくない場合を作り出すのである。例えば、リーダー企業の企業資産や市場資産を負債化するような戦略や、これまでリーダー企業が顧客に対して発信していた論理と矛盾するような戦略もある。さらに、リーダー企業が強みとしてきた製品・サービスと共喰い関係にあるような製品・サービスを出すという戦略もある。不協和戦略は、下位企業が「資源を持っていない」ことを強みとする戦略であると山田は指摘する。棲み分けにおいては、リーダーの強みを弱みに転化させる要因を探り出し、先手を打って仕掛けていくことが大切だという。


もう1つの非競争戦略である「共生」は、協調戦略と言い換えることができる。協調戦略のポイントは、企業のバリューチェーン(価値連鎖)の中に競合企業のバリューチェーンの一部を取り込むことで協調していく戦略や、相手企業のバリューチェーンの中に入り込むことで協調していく戦略がある。また、競合企業のバリューチェーンの形を変えずに、その一部を代替したり新たな機能を追加することで入り込むという戦略もある。例えば、自社のコアコンピタンス領域を積極的に他社から受託するて協調するコンピテンス・プロバイダーや、特定の機能だけを提供して競合企業のバリューチェーンに入り込むレイヤーマスター、また、相手のバリューチェーンの中に新たな機能を追加するマーケットメーカー、新たな機能を追加する上で他社製品も巻き込むバンドラーなどの戦略がある。つまり、協調戦略では、オープン(競合を誘引する部分)とクローズド(自社が設ける部分)を組み合わせることで、相手企業のバリューチェーンに入り込んだり、自社のバリューチェーンの中に機能や製品を取り込むなど、他者に積極的に働きかけていくことが必要だと山田は説く。