企業経営の基本論理はどのように変遷してきたか

企業経営、経営戦略、組織設計といった企業活動には、それらを正当化する論理が内在しているといえる。経営学の1つの目的は、その論理を明らかにし、明示化していくことにあるわけだが、もっとも重視すべき論理というのは、歴史の発展とそれにともなう経営環境の変化の影響を受けて発展・変遷してきている。経営史を学習する一つの利点は、このような企業経営に内在する論理がどのように発展し、変遷してきたかの理解を助ける点にある。


ここでは、安部(2002)に従って、ビッグビジネスおよび大企業体制の出現につながった、アメリカの第二次産業革命の時期から簡単に振り返ってみよう。第二次産業革命は、イギリスで起こった第一次産業革命での木綿製品や鉄とは違い、鋼、化学製品、自動車などが主力製品となり、鉄道、電信、電話、道路といったインフラが発達し、石炭に代わって石油や電気がエネルギー源として社会に浸透していった時代でもある。安部が説明する第二次産業革命から現在に至る経営史は、大企業体制の誕生、確立から、大企業体制の限界の克服という流れで理解可能となる。


まず、安部の解説によれば、鉄鋼業界のおける「鉄鋼王」カーネギーや、石油業におけるロックフェラーの企業経営のあり方を見ると、彼らが、規模の経済と統合の経済を基本として企業を拡大していったことがわかる。つまり、大規模投資、企業買収などを通じて企業規模を拡大し、それによって規模の効果によるコストダウンを実現した。そして、企業買収などを通して川上から川下までを自社で行う垂直統合を推進し、統合の経済によるコストダウンを実現した。この時代を代表する戦略商品である鉄鋼製品や石油は他社との差別化が難しいため、コスト競争力が一番重要だったということから導かれた企業経営の論理である。そして、このような垂直統合戦略を中心とする企業経営に適した組織は、集権的職能別組織であった。


次に、化学産業におけるデュポンは、従来の群小企業の連合体からの近代化を推進し、工場の統廃合、研究開発部の設置、販売組織の新設、経営委員会(執行役員会)の設置、ライン・アンド・スタッフ組織の作成などを行い、技術的共用性をベースとした事業の多角化を推進した。つまり、経営として、製品を「開発し、売る」ことの重要性が高まった時代にフィットした企業経営、組織運営を行ったのである。さらに、多角化は「範囲の経済」を志向したものであり、多角化は、事業部制の採用にもつながった。自動車業界のGMも、マーケット・セグメンテーション(細分化)をベースに、セグメントに適した車を用意する「ミニ多角化」もしくは「フルライン戦略」を敷き、事業部制組織を採用した。経済の発展に伴い、顧客の購買力の向上、買い替え需要の発生などに伴ってマーケティング的な視点が発展し、さらに、マーケットセグメントごとの製品投入や範囲の経済をベースとする多角化の進展が、それにフィットした事業部制組織の採用につながっていったといえる。


時代が変わって新たな製品の開発、投入が企業経営上重要になってくると、大企業化された組織において研究開発部門を設置し、そこに大きな経営資源を導入するという経営のあり方が普及するようになった。さらに、研究開発組織、販売組織、工場といった専門部署のみならず、事業運営を計画や管理・コーディネーションの視点からサポートするスタッフ部門などの間接部門の役割も重要になっていった。そして、組織構造は、規模の経済・統合の経済と集権的職能別組織が対応し、範囲の経済・多角化事業部制組織が対応するようになった。さらに、大企業体制は、カリスマ的個人に代わる「組織の時代」をもたらしたと安部は論じる。所有と経営の分離が発生し、オーナー経営者ではなく、支配的な株式を持たない「専門経営者」が登場し、「組織人」としての経営を志向するようになった。このような経緯で、安定的な大企業体制が確立したといえる。


しかし、エレクトロニクス産業に代表される第三次産業革命は、コンピューター、半導体、パソコン、インターネットといった新たな戦略製品の出現をもたらし、グローバル化と後発国のキャッチアップで企業競争が激化し、大企業体制の限界が露呈することにもつながったため、企業経営のあり方を大きく変えることになった。まず、コンピュータ事業に集中したIBM、CPUに特化したインテルなど、選択と集中(焦点化戦略)を志向する経営が増加した。また、自動車のように、世界最適調達を目指した国際的な合従連衡も広がった。さらに、大企業病の克服として、組織のスリム化、フラット化、ダウンサイジング、アウトソーシングベンチャービジネスベンチャーキャピタルなどが普及するようになった。つまり、とりわけグローバル化の進展と情報技術の発展によって、規模の経済、統合の経済、範囲の経済といった論理をベースにする企業経営から、選択と集中、伸縮の経済、連結の経済、産業集積といった論理をベースにする企業経営へのシフトが起こりつつあるのだと考えられる。