歴史はなぜ重要なのか

安部(2002)は、経営史という文脈ではあるが、歴史が重要である理由を以下のように説明している。まず、現在だけを見つめていては、未来を知ることはできない。未来を知るためには、現在を知っているだけでは不十分で、過去をよく知り、分析しなければならないという点が挙げられる。つまり、過去を知らずして、未来を先取りすることはできないというわけである。なぜならば、将来を語るとき、過去からの連続性を無視できないからである。「経路依存性」という言葉が示す通り、国も、企業も、それぞれの由って来る道から自由ではありえず、過去から大きな影響を受けている。現在、そして未来は、どうあがいても過去からの制約から完全に逃れることはできないのである。したがって、過去を知らなくては、未来予想も立てられない。歴史とは、端的にいえば、現在の積み重ね、すなわち「蓄積された現在」とも言えると安部はいう。


もちろん、過去を知ったからと行ってすぐに未来予想ができるというものでもないと安部は付け加える。しかし、過去の状況を知っているのと、まったく知らないのとでは、つまり過去について学習している人とそうでない人とでは、おのずと判断力に差が出てくるという。蓄積された知識や知恵が、判断力に大きな影響を与えるのである。その際、自分自身の経験から得られる知識を積み重ねるという方法があり、現場、現物、現実を重視する姿勢は大切ではあるが、そのような現場主義、経験主義は、自らの経験したことしかわからないともいえるため、そうした状況が固定化されれば、視野狭窄に陥る可能性も秘めていると安部はいう。したがって、狭い経験主義の落とし穴に落ち込まないためにも、自己の経験を相対化し、広い視野から眺める、あるいは自分の経験していないことも判断材料の中に取り入れて自己の判断力を強化するためにも、歴史の書物から学ぶことが大切なのだと安部は説く。


例えば、人間は過去に引きずられやすく、成功体験が、自分が習得した方法以外のものを受け入れがたくする傾向がある。そうなると、成功体験に縛られて、没落を招くことになる。歴史を紐解けば、成功したがゆえに没落が不可避になることがわかる。自分の戦略や成功体験を絶対化せず、常に市場や経営環境や利用しうる技術が変化するものであることを歴史を通じて実感していれば、判断を誤る可能性が小さくなると安部は示唆するのである。例えば、これまでどのように発展と没落を企業が繰り返してきたかを歴史を通じて学ぶことにより、成功体験の危うさを自覚し、時代は常に変化するものであることを感得し、未来への判断力・分析力を強化することが肝要だと安部はいう。つまり、これまでの成功例や革新の事例、その持続の状況、あるいは逆に失敗の事例を追体験し、未来への洞察力を増すことが歴史の効用であると安部は示唆するのである。