島(2025)は、「ひらめき」や「創造性」は誰もが平等に持っているものなので、脳の仕組みを理解することで誰もが手に入れることができると主張する。私たちは40億年前に原始の海で生まれて以来、創造と進化を続けてきたのだから、創造という力は私たちの遺伝子に組み込まれている。簡単にいえば、「新しいことを思いつく」とか「今までにない方法を見つける」というのは、何もないところから生み出しているのではなく、私たちがいままで蓄えてきた知識を脳が最適な形で組み合わせることである。すなわち、脳神経回路に蓄えられた情報の間に、新しいつながりを構築することに他ならないと島はいうのである。
島によれば、AIにはできない人間が持っている創造性やひらめきの源泉は、「感情」と「美意識」である。脳には感情のラベリングでインプットされた情報を取捨選択する仕組みがあるので、「感情」や「美意識」を意識することで脳のリミッターを外し、膨大な情報の中からほんとうに大切な情報にアクセスすることが可能となる。それを最高の形でアウトプットすることも可能であり、これこそが「ひらめき」であり「創造性」であると島はいう。美意識は、好き嫌いや快不快と言い換えてもよいが、美を追求することに限界がない。つまり「美」に限界やリミッターはない。よって、「美」はひらめきや創造性に不可欠の概念だと島はいう。
美や美意識と深く関連するのが「アート思考」や「デザイン思考」である。この2つは異なるものであり、依頼主がいてその希望や要望に沿って創られたものがデザインであって、自分の想いに従って創られたものがアートである。つまり、他人の視点に立って創るのか、自分の視点で創るのかといったように「視点」がアートとデザインを分けるポイントである。島は、この2つを併用することでひらめきや創造性が高まることを強調する。アート思考は自分の内面から湧き出る表現に焦点を当てたもので、自分の感情や価値観を自由に表現し、そこから新しいアイデアや視点を見つけだすアプローチなのに対し、デザイン思考は問題解決の手法であり、特に「顧客への共感」を重視する。
島は、上記のどちらの視点も大事だというのである。自分視点だけでは世間にまったく受け入れられないアウトプットになる恐れがあるし、顧客視点だけでは、その顧客にしか受け入れられない目先のものしか創れないかもしれないからである。大事なことは、自分視点と他人視点の両方を持つことだというわけである。例えば、アート思考を通して生まれた感覚的で創造的なアイデアを、デザイン思考で具体的に形にすることで、良いひらめきが生まれ、今までにないユニークな解決策が生まれるという。良いひらめきは、まさにアートとデザインの狭間で生まれるのであり、既存の枠組みを超え、新しい価値を創造するのに大切な視点だと島は主張するのである。
良く知られているとおり、1908年にポアンカレが発表したひらめきや創造性のステップとして、「準備」「孵化」「ひらめき」「検証」というものがある。「準備」はひらめきの材料をインプットすることで脳に知識をインプットし、「孵化」によってひらめきにつながる結合を促す。繰り返しになるが、この孵化のプロセスで重要な役割を担うのが「美意識」であると島はいう。つまり、美意識が、卵の孵化のステップで必要な栄養分であるが、アート思考は、ひらめきを生む美意識の力だといえる。その際、インプットされた情報同士が無意識のうちに組み合わさり、アルキメデスが湯船の中でひらめいたというような現象が起こる。
そして、状況にあった具体的で価値のあるひらめき(=良いひらめき)を生むためには、創造的なアイデアを出すだけでなく、それを実行に移し、価値を生み出すことができるデザイン思考の強みを活かすのがよいというわけである。つまり、デザイン思考でアプローチすることで、単なる発想に終わらない具体的な解説策を生み出すことができると島は結論づけるのである。