ニュートン的思考からダーウィン的思考でイノベーションを加速する

松波(2013)は、世界は情報社会と成熟社会を迎えたため、目に見えるかたちで様々な変化が生じていると指摘する。こうした時代を過去の「大聖堂の時代」と対比して「バザーの時代」と呼ぶ。大聖堂の時代は、綿密な計画を立ててから設計図を作り、時間をかけて丁寧に全体を構築するような時代であったのに対し、バザーの時代は、市場のニーズが日々カオスのように変わり続け、売り手の品揃えも日々刻々と変化し続ける。よって、大聖堂の時代のように静的であることを前提とするならば「ニュートン的思考」が適しているのに対し、バザーの時代のように動的な世界を前提とするならば「ダーウィン的思考」が必要だと松波はいう。


松波によれば、ニュートン的思考は、外的環境が変わらないと仮定してインプットとアウトプットの法則性(正解)を探し求める。同じ要素を求めれば同じ結果が得られるという「再現性」を、要素還元的に追究する。それに対し、ダーウィン的思考では、世の中が絶えず進化し、変化していくことを前提として、従来の枠組みを出た多様性を求め、今の環境で生き残る答えを創るという考え方をする。変化を前提とすれば「再現性」は担保できないため、そのときどきの環境に合わせてどうすれば適合できるのかを考えるという。


人間への深い理解がビジネスの成功にとって重要であるという視点に立ち、ダーウィン的思考と整合性のある方法として松波が提唱するのが「行動観察」である。行動観察では「観察」「分析」「ソリューション」の3ステップを踏むが、そこで重要な要素が「FIRE(ファイア)」だという。これはF(ファクト:事実)を集め、解釈することで「I(インサイト:洞察)」を導き、「R(リフレーム:枠組みの再構築)」された新しい発想でソリューションを提供する。その上で「Extensive Knowledge(幅広い知見)」が大切だというのである。行動観察は「仮説生成科学(仮説を立てる)」と「文献科学(過去の知見を活用する)」に焦点を当てた方法である。仮説を創ることは、新しい世界観を創ることであり、「もっと新しくて興味深い仮説はないか」を志向すると松波はいう。


行動観察のプロセスを、「具体ー抽象」と「なぜーどうやって」の軸を用いて理解すると、まず「具体的・なぜ」という視点で行動を観察し「発見」を得る。次に「抽象・なぜ」という視点で「リフレーム(気付きと洞察)」を得る。そして「抽象・どうやって」に移行して着想(アイデア)を生み出し、「具体・どうやって」という視点でソリューションが創造される。特に、リフレームやインサイトが重要である。発見された様々な事実を統合し、物事の本質を見つけ出す(インサイト)。そして、それまで常識とされてきた枠組みを、新しい視点・発想で作りなおす(リフレーム)。また「驚くべき事実(ファクト)」が観察されたときに、それが当然であると解釈できる仮説を見つけ出す「アブダクション(仮説的推論)」も重要な役割を担う。


松波は、上記のようなダーウィン的思考や行動観察を活用して、クリエイティブかつイノベーティブな組織をつくるためには「知的な勇気」を持つ必要があると論じる。これは「イノベーションのために軋轢を覚悟する」「異端を認めてリスクをとる」「100点主義から脱却して多様性を許容する」ことを意味する。そして「成功するためには失敗は避けて通れない」という前提のもとで、自分たちがコントロールできる部分と、コントロールできない部分を分けて考え、試行錯誤を繰り返し、これまでの枠組みとは違う枠組みを創り「他社と違う土俵」をつくることだという。