抽象化という道具をつかいこなす

細谷(2014)は、「抽象化なくしては生きられない」しかし「抽象化だけでは生きにくい」といった視点から、抽象化の長所や短所をまとめている。そもそも、「具体」の反対とされる「抽象」とは何か。細谷は、その代表的な例として「数」と「言葉」を挙げる。どちらも、「複数のものをまとめて、1つのものとして扱う」ことを意味する抽象化を利用した人間が編み出したものだという。人間はなにげなく数や言葉を扱っているが、それが、抽象化という人間の優れた能力を象徴しているというのである。抽象化なくして科学の発展もなく、抽象化なくして人間の発展もなかったというわけである。


抽象化をわかりやすく例えるならば、「デフォルメ」だと細谷はいう。特徴のあるものを「おおげさ」に表現する代わりに、その他の特徴を一切無視してしまう。そうすることで初めて、複数のものを「まとめて1つ」として扱うことが可能になる。このような抽象化を徹底的に高めた学問の代表が数学である。細谷によれば、抽象化の対象を論理の世界だけで説明するもの、つまり純粋に理論的なものが数学である。これに対して、対象が人間の思考や感情など、理論や論理だけで説明がつかないものが哲学ということになる。しかし、数学も哲学も「高度な抽象概念の操作」という点では一致していると細谷は指摘する。


そして、具体と抽象は、抽象から具体に向かって上から下に階層構造を築いており、上位の階層が持っている性質を、下位の階層がそのまま受け継ぐ関係になっていると細谷は解説する。これが学問の発展に大きく寄与しているという。なぜならば、階層上の上のルールが下にも同じように適用できるため、抽象度を高めることで汎用性を高めることができるからである。つまり、抽象度の高い1つの法則によって、具体的な多くの事象を説明できるのである。


ただし細谷は、抽象には短所もあるため、階層構造を通した「抽象と具体の往復」が必要だと説く。例えば、目標設定を例に挙げれば、抽象的な目標というのは本質に迫るものであるが、長期的で壮大であったり、解釈の自由度が高いので実行のイメージからは遠ざかってしまう。一方、具体的な目標というのは、解釈の自由度が小さく適用範囲が狭いために、逃げ場の余地がなく、確実に実行につながるという。つまり、抽象的な目標設定は後になってから達成したかどうかの判断が難しいが、具体的な目標設定は、5W1Hが数値や固有名詞で表現されているので、達成したかどうかを明確に判断することが可能なのである。