ユダヤ式交渉術

矢部(1990)は、交渉下手といわれる日本式、「ノー」から始めるアメリカ式とも違う「最高の交渉術」として、ユダヤ式交渉術を紹介している。流浪二千年の歴史を通じて常に極限状態にあったユダヤ人による交渉術では、機知、ジョーク、ユーモアを調味料として難しい交渉を見事にまとめてしまうという。これは、人間的要素を盛り込んだ柔らかな交渉術である。ユダヤ人は、神とさえ駆け引きするといわれるほど、常に醒めた合理主義者の感覚で、契約を最重視するという。謙遜で腰は低く保ち、小刻みに手堅いかたちで、他人が真似できない独自のノウハウを築き上げて成功してきたユダヤ人による交渉術である。


矢部が紹介するユダヤ式交渉術のエッセンスには以下のようなものが含まれる。まず、交渉の最終目標を明確にすること。そして些細なことで感情を乱したりすることなく、一貫した態度で交渉することが最も大切だと説く。つぎに、こちらから働き掛けること。失敗したならばそこから生まれる知恵こそ糧になる。そして、些細な約束を守ること。交渉を成功させる最大の鍵は「信頼」「信用」である。些細な約束を守れない人は信用されないからである。さらに、「感情」よりも「勘定」を取ること。感情的になれば必ず自分にとって不利益になる。交渉の目的を経済的利益を得ることのみに定めなければならない。


また、矢部は、交渉の基本は「人を動かす」ことにあり、交渉において相手が何を望んでいるかを知り、相手に何を与えられるかを考えることが重要だと説く。人を動かす鍵は「感情」と「利害」である。この2つの枠組みを巧みに扱うことである。そもそも交渉では100%の勝ちはあり得ない。自分の利益を追求するだけで相手のニーズを考えなければ相手と交渉できない。また、交渉では相手を追い詰めてもいけないと説く。人は理屈で負けると感情的となり、状況が悪化するからである。さらに、時には交渉を決裂させる勇気も必要だという。交渉が失敗したときの対策を二段構え、三段構えで準備しておくのが望ましい。


最後に、ユダヤ式交渉術の心構えとして矢部は以下のような点を挙げている。まず、情報を大切にし、情報にお金をかけること。つぎ込む金の額と情報とは比例するという。情報の中枢に立つことは交渉を有利にする。よって、金を惜しまず関連する情報はできるだけ入手する。つぎに、大局観を持つこと。マクロの局面をみる目をもった者のみが急流をうまく乗り切ることができるという。つまり、ミクロの交渉に負けても、マクロの交渉には必ず勝つという姿勢である。そして、ソフトな交渉を優先するということである。交渉のよい雰囲気を作り出し、相手に信頼感を与えることが肝要だという。さらに、醒めた目を持つこと。感情を極力抑え、利害を正確に計算し、利益をとりにいく。小技を繰り返し小刻みに交渉を進めることも大切である。最後に、ジョークを大切にすること。交渉は人間臭いものであり、交渉者の持ち味、その場の雰囲気が大きく結果を左右するからである。激しいタフな交渉であるほど、ジョークが最高の薬なのだと矢部はいう。