努力する能力、技術

努力に能力や技術があるとすれば、それは何だろうか。それは、気が遠くなるような高いハードル、とてつもなく大きな目標や課題が現れたときに、そのプレッシャーに対して闘争心を抱き、それを超えようとする活動を持続させる力だと考える。そして、これは実際にそれを実行し、困難を乗り越えて目標を実現することによって身につくものだと考える。基本は反骨精神や闘争心であり、これらは生きていくために動物が持っている本能的な部分でもあるだろう。


これが、努力する能力、技術であり、これの有無によって勝敗が決まる。つまり、大きな困難や課題に直面したときに、夢や目標をあきらめてしまう人が多い中で、反骨精神、闘争心を維持して活動をし続けることができる人のみが、その夢や目標を掴み取ることができるからである。そのプロセスは辛く険しい。成功する確率はゼロではないが、困難であるがゆえに成功できないかもしれないという不安とも戦わなければならない。努力のプロセスでは暗いトンネルの中で陽があたらない。それにも耐える必要がある。しかし、「なにくそ」と歯を食いしばってがんばり、大きなハードルを乗り越えた時の達成感を知っている人は、努力し続けることができるのである。千里の道も一歩からというように、困難であればあるほど、一歩一歩、地道な努力の積み重ねでしか、防波堤を破ることができないのである。それだけの地道な活動の蓄積があるからこそ、ほかの人が容易に追いつくことができないのである。


ただし、やみくもな努力ではいけない。長い道のりであっても、一歩一歩進むことによってなんらかの勝算がある努力をしなければならない。困難であるがゆえ、必勝というのはありえない。しかし、知恵を最大限に絞って成功確率を高める計画を練ったならば、それを信じて日々実行することが大切である。地道に続ければ、昨日よりも確実に前進している。これを繰り返していけば必ず目標に到達できる、と信じて続けることである。


努力する能力、技術は、一流のスポーツ選手などが、表舞台での華々しい活躍とは裏腹に、一般人の目に入らない普段の生活の大部分において、辛く苦しいトレーニングに励んでいるという事実にも見ることができる。一流の選手は、むやみに近道をしようとしない。地道な基礎能力の長い長い積み重ねが、他者を寄せ付けない圧倒的な差となることを知っているからだ。その道のりは客観的には辛くて苦しいかもしれないが、本人はそれさえも楽しんでいるといえるだろう。楽しくなければ続かないからだ。ストイックあるいはマニアックにさえ聞こえるかもしれないが、大きなプレッシャーや不安の中で地道に努力することを楽しめること自体が、能力であり、技術であるといえるかもしれない。