脳整理法に学ぶ人生訓

茂木(2005)は、私たちの脳は、世界との交渉の中で得たさまざまな体験を「整理」し、消化する臓器として進化してきたという。脳の中でたくさんの体験が関連付けられ、整理されることによって、新たな知恵が生まれてくるというわけである。人間の脳は、自分が広い世界の中を「行動」することによって、さまざまなものを学び、その偶有的な体験の成果を脳の中で整理していくことで、はじめて生き生きと機能する。人間の脳にしかできない整理法というのは、偶有性に満ちた世界とのかかわりによって得られた体験や情報をダイナミックで能動的に整理し、人間という生命の躍動に結びつけるプロセスであると言う。


茂木によると、偶有性(contingency)とは、半ば偶然に、半ば必然に起こることを意味する。すなわち、完全に規則的ではないが、全くランダムでもない状態である。科学が志向する「統計的真実」と異なり、私たちが普段経験するのは、二度と繰り返すことのできない「一回性」の出来事である。この一回性の出来事は、予測不能ではないが、完璧に予測することはできないという意味での「偶有性」に満ちている。そして、この偶有性は、脳にとっては一番の栄養だと茂木は言うのである。なぜならば、私たちは偶有性のあるものに惹かれ、偶有性から感情的な体験を喚起し、偶有性に対峙しながら整理していく中で、生活の知恵を獲得していくからである。


そして、偶有性との行き交いの中、脳の中で体験が徐々に整理されていくプロセスは、新しいものが生み出されるプロセスとほとんど同義だと茂木は言う。セレンディピティ(偶然の幸福に出会う能力)もこれに関連している。セレンディピティは「偶然を必然にしたい」という願望を持ち、それを実際にある程度実現している人間の脳の働きと関係しているという。ポイントは「行動:とにかく何か具体的な行動を起こすこと」「気づき:偶然の出会いがあったときに、まずその出会い自体に気づくこと」「受容:素直にその意外なものを受け入れる」ことによって、セレンディピティが高まるとしている。

日常の行為をくり返す中で、偶然出会う体験の中に隠れている偶有性を私たちの脳が整理する中で、思わぬ発見がある。その発見が「私」を変えていき、ときには自分自身の人生を変える劇的な変化をもたらす。そのような、人生における絶えざる学習プロセスの中に埋め込まれているのが、セレンディピティなのです(茂木2005:117)

茂木によれば、科学は、人間が世界とのかかわりの中から出会う体験を脳の中で整理していくプロセスを体系化したである。私たちが日常体験するものは、規則性とランダム性を両方秘めた偶有性に満ちている。つまり、偶有性の中には、世界の中の規則とランダムさが未分化のまま私たちの生命の躍動と結びついたかたちで潜在している。この偶有性の知覚が、科学による世界知の基礎となる出発点だというのである。そして、さまざまな発見につながる瞬時の創造的体験は、脳が環境との相互作用の中で偶有的関係性を整理していく、ゆったりとしたプロセスの末に起こると考えられているという。