ソシュールの偉業

難波江・内田(2004)は、現代思想にアクセスする出発点として、ソシュールを挙げている。なぜならソシュールは、すべての思想のもとになる言語そのものについて深く考え、コトバの見方をコペルニクス的に転回し「現実」の意味をひっくり返してしまったからである。コトバは人間が現実を理解するための道具ではなく、コトバこそが人間の現実を作っていると考えたのである。


ソシュールは、わたしたちが「現実」だと思っているものが、実はわたしたちの言語のはたらきから作り出されたものであることを明らかにしたのである。ソシュールは、目に見えると思われるもの(現実、社会、意識)が、目に見えないもの(言語体系、生産様式、無意識)によって構造化されていると考える現代思想(とくに構造主義)を代表する思想家であるといえる。


ソシュールはまず「コトバはモノの名前である」という伝統的な言語観(言語名称目録観)を否定し、言語を、相互に関連した要素から構成されている価値の体系と考えた。現代思想の特徴のひとつは、実体の概念から関係の概念へと視点を移し変えることである。言語を実体としてではなく、いくつもの要素が働きかけあうシステムとして捉えている。シーニュ(記号)を構成するシニフィアン(意味するもの)とシニフィエ(意味されるもの)は、何の必然性もなく「恣意的」に結びついて「意味」を形成している。そして、シーニュ同士の関係から生み出される差異が「価値」である。「意味」も「価値」も実体ではなく、関係性の視点で理解される。よって、ソシュールによれば、語とは世界を区分する記号であり、言語とは差異の体系なのである。


言語論的転回
http://d.hatena.ne.jp/tomsekiguchi/20071216

ソシュール言語学記号論
http://d.hatena.ne.jp/tomsekiguchi/20071228

構造主義とは何か
http://d.hatena.ne.jp/sekiguchizemi/20071018