無期限の品質保証書を有する数学の特殊性

現代科学の発展により、人間は、自分では認識できない微小の世界から巨視の世界まで理解することが可能になった。その原動力となったのが、間違いなく数学である。言い換えれば、数学という特殊な性格を持った学問が、人間がこの世界を認識する能力を格段に進歩させたのだといえるだろう。では、そんな数学とはいったいどんな学問なのか。


瀬山(2019)は、数学とは、記号を使って展開される「想像力の科学」だと指摘する。数学は、人間の想像力を解放してくれる面白い学問なのだという。ここでいう数学記号は、考えている事柄を明確に曖昧さなしに表現するために、数学者たちが長い歴史の中で考え出した世界共通言語である。さらに、数学には「証明」という方法が存在する。証明とはまさに数学の根幹にある知の原動力だと瀬山はいう。


証明とは、いくつかの前提をもとに、論理的に結論を導くことである。世界共通言語としての数学記号を用いているゆえ、その意味しているところに曖昧さがないうえに、その論理展開に一切間違いが含まれていない。それゆえに、瀬山の言葉を借りれば、証明は、数学が発行する無期限の品質保証書だといえる。現代数学では、証明を「仮定された命題(数学的に内容がはっきりしている事柄)から出発して、論理的な約束にしたがって命題をいろいろな形に変形して、定理と呼ばれる新しい命題を手に入れていく手続き」となると瀬山はいう。


このような証明という手段を持つ数学は、自然科学とは大きく異なる。自然科学では、正しいと信じられてきたことが時代と共に変化する。例えば、天動説から地動説、ニュートン力学から相対論のように。一方、数学においては、一度証明され、無期限の品質保証書を与えられたものは、永遠に書き換えられない。例えば、ユークリッド幾何学ピタゴラスの定理などは、数千年前たった現在でも、真理としての性格が揺らぐことはない。


なぜこのような違いがあるのかといえば、自然科学は、自然世界の事柄を対象とする、事実を理解するための学問だからであり、つねに理論と(観測)事実とが結びついていないといけないからである。既存の理論が、新たに発見された事実と齟齬を起こすのであれば、その理論はもっと優れた理論にとって代わられる運命にある。それに対して、数学は、事実と対比する必要はまったくなく、純粋に「想像」だけでも成り立つ学問だといえる。例えば、数学では、虚数のような想像上の数を作り出したり、非ユークリッド幾何学のように平行線の公理を使わずに、どんどん知識を進歩させることが可能である。解析などで用いる「無限」という概念自体が想像以外にあり得ないともいえる。だからこそ、想像の科学といえるのであろう。


さらに数学には、曖昧さのない記号と万人にとって正しいということを保証する証明という手段があるため、いったん証明されてしまえば、それを間違っていると誰も口出しできないという堅牢な特徴を持っている。柔軟かつ堅牢な知識構造を作り出していくのが数学である。数学は、現実にとらわれることなく、想像のみによって万人にとって正しい結論を導くことができる唯一の学問であるといってよい。これが、人間が生物学的に装備した認知機能の限界を想像力と論理によって突き破り、あたらしい物事の認識の仕方を提供してきたがゆえに、人間のもつ素朴な認知能力をはるかに超越した現象理解をも可能にするに至ったのだと思われるのである。そもそも、現代科学が相手にしている、人間が直接認識できない微小・巨視世界というのは、想像力と正確性(論理性、厳密性、精緻性)という武器なしには理解不可能なのである。