事実認定に学ぶ「ストーリーを組み立てる力」

荘司(2010)は、法律家がストーリーを組み立てる力を「法的仮説力」と呼び、「事実認定」のプロセスによってその特徴を示している。事実認定とは、主に裁判官が証拠などに基づき、過去にあった事実の中で、争いのある部分をできるだけ事実に近いストーリーとして再構成する作業を言う。当然、再構成されたストーリーが100%過去の事実と合致することは絶対にありえない。事実認定はあくまで仮説である。ただし、事実認定は争いの当事者に極めて重大な影響を及ぼすため、可能な限り客観的かつ緻密なものにしなければならない。この点は、学問が求める緻密さ、厳密さと共通するものがある。例えば科学的な知見に基づく知識も、すべて仮説にすぎず真実ではないのである。


ストーリーを組み立てる材料としては、物的証拠、人的証拠、経験則という三本柱があると荘司はいう。裁判で法律家は、過去の事実を再現しているのではなく、客観的に確実性の高い証拠を優先しながら、それぞれの立場から新たなストーリーを作っている。ただし、出来る限り真実に近いストーリーを構築する努力をしている。法律家は、収集可能な情報だけからしか判断を下してはいかない。ましてや、確認できない事実を付け加えてストーリーを構築することなど許されない。しかし、ストーリーのすべてが客観的な事実ではない。よって、客観的事実と主観的認識を統合してストーリーを作成する。


事実認定の手法、つなわち法的仮説力は、ビジネスや私生活における予想にも使える。まずは、憶測や人間の主観が混在しない客観的事実を拾い出す。それに主観と、過去の数多くの事実に裏づけられた経験則を加えながら、将来のストーリーを構築していく。その際、碁石のようなポイントである物的証拠に、それらをどのように並べていくかを決める糸のような人的証拠をつかって流れを作っていく。また、将来のストーリーを構築するにあたっては、人間行動を把握することは極めて重要だと荘司は説く。人間の一般的な心理・行動という間接事実からストーリーを構築していくことこそ、ストーリー構築の醍醐味であるという。


最後に、仮説思考力、ストーリー構築力を飛躍的に高めるための方策として、普段何となく頭で考えていることを、客観材料、主観材料、人間心理・行動のどの側面を根拠にしているか、それぞれの材料の信頼性をしっかり意識しているか、という2点から常に意識することが重要だと説く。