物語の基本中の基本

大塚(2008)によると、物語の基本中の基本は「行って帰る」である。行って帰る物語で重要なのは、作品世界の中に1本の境界線が引かれ、そのラインを超えて「こちら側」から、未知の世界である「向こう側」に行き、やがて帰ってくるということである。言い換えるならば、主人公が「日常」と「非日常」の「境界線」を超えるということである。そして、非日常の世界で未知のものに触れる体験をして「こちら側」に帰ってくることで、「日常」や「現実」の確かさが実感されるのである。なお、「つるの恩返し」や「かぐや姫」のように、主人公は移動せず、異類が向こうから「やってきて去る」という物語もある。これも、異類側から見れば「行って帰る」になる。


「行って帰る」物語とは、人が子供から大人になるさいの「イニシエーション」や「通過儀礼」も象徴している。主人公は「向こう側」から現実に「戻って」くることで「行った」時とは違う何者かに変わっている。なんらかのかたちで成長して帰ってくるのである。つまり、人が大人になっていくために不可欠な経験でもあるのである。


ジョセフ・キャンベルは、英雄神話を「出立」「イニシエーション」「統合」の三部構成として把握するが、これは文化人類学者ジェネップが示す「分離」「移行」「統合」という通過儀礼の三段階と一致する。英雄はこちら側の世界から「分離」されて向こう側の世界に「出立」し、向こう側での冒険や経験によって主人公が新しい自分に「移行」していく「イニシエーション」があり、最後は元いた世界に「帰還」し、その世界に再度「統合」されるという、「行って帰る」物語の基本的な枠組みを生きるのである。

大塚英志 2008「ストーリーメーカー 創作のための物語論」(アスキー新書 84)