成果主義とラチェット効果

私は、研究者として人的資源管理に関わるようになってから「成果主義」というものにほとんど関心を示したことはない。実務家と関わるときは、彼らは成果主義に関心があるので、人的資源管理の研究や理論を使って、成果主義がいったい何を意味しているのだろうかについての見解を示すことはあったが、成果主義を積極的に用いて、成果主義を信奉するがごとき議論を展開したことはない。成果主義を真っ向から否定するという議論もせず、要するに成果主義をメインテーマにして研究なり論文を書いたことはない。


実際、むかしある懸賞論文に、人事の論文を出して入賞したことがあるが、審査員の裏話では、応募された論文の9割近くは「成果主義」が何らかのかたちでテーマになっているもの。私のように成果主義がメインテーマでない論文は珍しかったと(だからこそ、あまり出来のよくない三流論文だったのだが入賞できたのだ!)。そうこうしているうちに、世間では、成果主義が信奉され、成果主義ブームになり、そして今度は成果主義が批判され、矢面にたたされるという展開になっている。「やれやれ」といったところである。成果主義なんて概念に踊らされず、ただただ、企業にとって望ましいHRMとは何かについて純粋に考えることが、遠回りのようで近道ではなかったのではないだろうか。

前置きが長くなったが、成果主義と同時並行的によく議論されるのが、目標管理。つまり、成果主義のオーソドックスなものとして、目標管理による目標の達成度を「成果」として、成果に応じた処遇を行なう、という人事管理が議論されてきた。


このような目標管理を絡めた成果主義で必ず考慮しなければならないのが「ラチェット効果」と呼ばれるものである。ラチェットとは、一方向のみにしか回らない歯車のことで、一旦それが回ってギアが上がってしまうと再び元には戻らないものを指すそうだ。


目標管理におけるラチェット効果とは、目標を設定する際の「標準」があいまい性をもっているときに、例えば今年度頑張って、目標を上回ったとすると、それが次年度の目標の標準にされてしまうことである。そうなれば、次年度は、その目標を上回らなければ処遇は上がらない。つまり、頑張って目標を上回れば上回るほど、目標の上向きギアがかかって戻らなくなり、自分の首を絞めることになるのだ。


そのような状況で、自分の処遇を最大化するためには、どうすればよいのか。自分の実力を最大限に出し切る戦略はどうか。これはダメである。成果をあげすぎては後が続かないので結局将来報酬の上昇が見込めない。よって、目標をできるだけ低めに設定し、その目標を適度にクリアして軽い上昇分の報酬を得続けるのが長期的に得策となる。このように、ラテェット効果が働く状況のもとでは、目標管理+成果主義型では、合理的に行動する社員にとって、実力を最大限に発揮して成果の最大化を志向するインセンティブは働かないことになるのである。