現代思想家になる方法

千葉(2022)は、1960年代から1990年代を中心に、主にフランスで展開された「ポスト構造主義」を、とりわけジャック・デリダジル・ドゥルーズミシェル・フーコーの思想を中心に「現代思想」として紹介し、現代思想を、「秩序を強化する動きへの警戒心を持ち、秩序からズレるもの、すなわち「差異」に注目する」「20世紀の思想の特徴は、排除される余計なものをクリエイティブなものとして肯定したこと」だと論じる。つまり、秩序をつくる思想はそれはそれで必要だが、しかし他方で、秩序から逃れる思想も必要だというダブルシステムで考えてもらいたいという。そして、現代思想の特徴を解説することによって現代思想家になるための方法を紹介している。

 

現代思想における思考法の1つが「脱構築」であるが、千葉は、脱構築とは、物事を「二項対立」、つまり「2つの概念の対立」によって捉えて、良し悪しを言おうとするのをいったん留保することだという。二項対立は、ある価値観を背景にすることで、一方がプラスで他方がマイナスになるように仕組まれた方法なのだが、そもそも二項対立のどちらがプラスなのかは絶対的には決定できないと千葉はいう。このことを踏まえた千葉の解説によると、まず、「脱構築」では、二項対立を設定した後、二項対立において一方をマイナスとしている暗黙の価値観を疑い、むしろマイナスの側に味方するような別の論理を考える。そうすることで、対立する項が相互に依存し、どちらが主導権を取るのでもない、勝ち負けが留保された状態を描き出す。そのときに、プラスでもマイナスでもあるような、二項対立の「決定不可能性」を担うような、第三の概念を使うこともあるという。

 

また千葉は、現代思想とは差異の哲学だと論じたうえで、ズレや変化を時間的に捉える「生成変化」についても以下の通り解説する。まず、ドゥルーズは、世界は差異でできているという世界観を展開しており、あらゆる事物は、異なる状態になる「途中」であるという。ここでは、同一性/差異という二項対立が想定され、同一性よりも差異が先だというポジションをとっていることが重要である。ドゥルーズによれば、事物は、多方向の差異「化」のプロセスそのものである。プロセスは常に途中であって、決定的な始まりも終わりもない。事物は時間的であり、変化しており、出来事である。全ては生成変化の途中であるというのである。ここでは、差異が中心となり、同一性は二次的な位置に置かれている。それにより、すべての同一性は仮固定であり、世界は時間的であって、すべては運動のただなかにあるということになる。

 

さらに千葉は、フーコーによる権力の二項対立図式を解説する。権力と聞くと、強い権力者が弱い人民を抑圧し支配するという一方的・非対称な関係を想像するが、フーコーは、支配を受けている人々はただ受け身なのではなく、むしろ「支配されることを積極的に望んでしまう」ような構造を明らかにしたのだという。つまり、支配するもの/されるものという二項対立を考えるときに、権力は一方的に上から押さえつけられるだけではなく、下からそれを支える構造もあって、本当の悪玉を見つけること自体が間違いだという。また、正常/異常という二項対立においては、正常が正しく異常が間違っているというよりは、下からも来る権力構造によって、マジョリティから見て厄介なもの、邪魔なものを「異常」として排除する構造が見えにくくなっている結果だというのである。

 

千葉は、上記のような現代思想の特徴に基づいて、現代思想を作るための4つの原則について述べる。それは、「他者性の原則」「超越論性の原則」「極端化の原則」「反常識の原則」である。まず、①他者性の原則として、基本的に、現代思想において新しい仕事が登場するときは、まず、その時点で前提となっている前の時代の思想、先行する大きな理論あるいはシステムにおいて何らかの他者性が排除されている、取りこぼされている、ということを発見すると千葉はいう。これまでの前提から排除されている何かXがあるというわけである。

 

つぎに、②超越論性の原則では、広い意味で、超越論的(根本的な前提のレベル)と言えるような議論のレベルを想定する。現代思想では、先行する理論に対してさらに根本的に掘り下げた超越論的なものを提示する、というかたちで新しい議論を立てるという。その掘り下げは、第一の「他者性の原則」によってなされるわけである。つまり、先行する理論では、ある他者性Xが排除されている。ゆえに、他者性Xを排除しないようなより根本的な超越論的レベル=前提を提示するというように議論を展開するのである。

 

そして、③極端化の原則にといて、現代思想ではしばしば、新たな主張をとにかく極端なまでに押し進めるのだと千葉はいう。例えば、排除されていた他者性Xが極端化した状態として新たな超越論レベルを設定する。さらに、④反常識の原則として、ある種の他者性を極端化することで、常識的な世界観とはぶつかるような、いささか受け入れにくい帰結が出てくるという。しかし、それこそが実は常識の世界の背後にある、というか常識の世界はその反常識によって支えられていると論じていく。つまり、反常識的なものが超越論的な前提としてあるわけである。これらのような原則を頭に入れたうえで現代思想を学んだり、自ら現代思想を作っていくことの有効性を千葉は論じるのである。

文献

千葉雅也 2022「現代思想入門」(講談社現代新書)