世界が純粋機械化経済に移行するとどうなるのか

井上(2019)は、有史時代となってから世界の経済は、農耕中心の経済の生産構造から、機械化経済の生産構造へと変化し、将来は、純粋機械化経済の生産構造へとシフトすることが予想されるという。このような経済の生産構造の変化は私達にどのような影響をもたらし、今後もたらしていくだろうか。まずは、井上が提唱するそれぞれの生産構造についてそれらの世界における歴史および経済成長の軌跡に触れながら簡単に紹介しておこう。

 

まず、農耕中心の経済の生産構造は、石器時代の紀元前9000年ごろから始まった農耕革命に端を発し、産業革命前までの間にわたって支配的であった生産構造だと井上は説明する。農耕という形態で行われる生産構造の主要なインプットは、土地と人々の労働であり、これによって農産物というアウトプットが生まれ、消費される。農耕中心の経済の生産構造のもとでは、土地が広ければ広いほど、そして働く人々が多いほど農作物としての生産量が増える。生産量が増えれば人々の生活や食糧事情は豊かになるはずであるが、「マルサスの罠」が示すとおり、食料が増大した分だけ多くの子供を作ることで人口が増えていったため、一人あたりの豊かさすなわち所得はさほど増加しなかったと井上は指摘する。

 

その後、一人あたりの収入が大きく増加の途をたどるようになる原因となったのが、蒸気機関の発明と利用が牽引した第一次産業革命をきっかけとした機械化経済の生産構造への転換だと井上はいう。工業中心の経済である機械化経済の生産構図では、生産活動に必要なインプットは、機械と人々の労働であり、主なアウトプットは工業製品である。そして、インプットの一部でもある機械は、工業製品として作り出すことできるアウトプットでもあるため、ポジティブな循環関係が働き、工業製品の生産量が飛躍的に伸びることとなった。実際、産業革命期のイギリスでは、人口がかつてない勢いで増大したが、それを振り切るようなスピードで生産量が増大し、1人あたりの所得が増大したと井上は指摘する。その後、内燃機関や電気モーターが牽引する第二次産業革命、コンピューターとインターネットが牽引する第三次産業革命がおこったが、機械化経済の生産構造には大きな変化をもたらさなかったと井上はいう。

 

そして、現在はAIなどがもたらす革命である第四次産業革命のさなかにあり、これが、新たな生産構造である純粋機械化経済をもたらす可能性を井上は示唆するのである。純粋機械化経済の生産構造では、インプットはAI・ロボットを含む機械のみとなって、人々の労働が不要となる。そして、機械化経済の時と同じく、インプットであるAI・ロボットは、生産によってもたらされるアウトプットの一部でもあるので、ここにポジティブな循環関係が生まれる。ただし、純粋機械化経済の生産構造において人々の労働がまったく必要ないというわけではない。井上は、AIやロボットに代替されにくい労働として、クリエイティビティ、マネジメント、ホスピタリティに関する仕事を挙げており、それらの仕事によって、商品企画や生産活動全体のマネジメント、人間的なホスピタリティを提供する。逆に言えば、それら以外のAIやロボットに代替されていく。

 

井上によれば、機械化経済と純粋機械化経済の大きな違いは、ボトルネックとなる人々の労働が不要になることによって、機械による機械の生産が無限に繰り返され、生産規模がどこまでも拡大するプロセスが可能になっていることである。すなわち、機械化経済の生産構造のもとでは、インプットとして機械とともに労働が必要であり、労働は労働力人口と労働時間という制約があるから、機械だけを増やしていっても生産量は制約条件を超えて増えることはない。しかし、純粋機械化経済では、機械を増やせば増やすほど生産量が増えるという関係となっており、労働という制約条件がない。これは、IT産業やコンテンツ産業と同じ構造をしており、限界費用がゼロに近いので再現なく生産量を増やすことが可能である。それによって経済成長が爆発的に増加することを井上は示唆するのである。

 

とはいえ、いくら商品やサービスの供給が爆発的に拡大しても、同じように消費需要が増えなければ経済は成長しない。すなわち、純粋機械化経済の生産構造のもとでは、指数関数的な経済成長が起こりうるが、それはあくまで潜在供給にもとづく潜在成長率であり、消費需要が低迷していたら実現しないのである。そこで井上は、純粋機械化経済における政府の重要な役割として、マネーサプライを増やすことと、所得を再分配することを挙げる。例えば、需要の減退に伴うデフレから脱却するために、政府は「ヘリコプター・マネー」という形でお金をばらまくことをマクロ経済政策の主軸に据えるべきだという。また、ベーシック・インカムというかたちで政府が大胆な所得再配分政策を取ることにより、純粋機械化経済において仕事を失い所得を減らして消費を減退させた人々のお金の量が増えることを示唆する。今のところこれらの施策は中枢たる国家しか果たすことができないのだと井上はいうのである。

文献

井上智洋 2019「純粋機械化経済 頭脳資本主義と日本の没落」日本経済新聞出版社