ケースメソッド主体のビジネススクール

ケースメソッド主体のビジネススクールはどのような教育を行なっているのだろう。あるトップスクールを描写してみよう。

    1. 事前に読むケースや読書課題は、目が回るほど膨大である。ネイティブにとって目が回るというくらいの量だから、私たちから見たら。。。しかも、カバーしなければならないトピックは、戦略、組織、人事、会計、財務、マーケ、生産・・・と、経営のありとあらゆるものにわたる。そんな範囲の広いトピックで膨大な情報を与えられても、体系立てて知識を整理する時間的余裕などない。
    2. 毎回、授業のはじめにランダムに生徒が当てられる。当てられた生徒はケースの内容を要約し、議論の口火を開かねばならない。毎回、誰が当たるかわからないので、クラスの最初には緊張感が走る。Cold callと呼ばれる。だから、油断はできない。どんなに疲れていても、毎回毎回きちんとクラスディスカッションの準備をして臨まなければならない。
    3. 出席点というのはない。クラスへの貢献度で成績が決まる。つまり、出席していても一言も発言しなかったらゼロ点に等しい。発言してもくだらない発言をしても加点の対象にはならない。先生や同級生に厳しく突っ込まれる。クラスのみんなが「へぇ〜」「やるじゃない」と思うような発言をしなければならない。
    4. ディスカッションはしばしばディベートに発展する。あるポジションについたら、反対のポジションを攻撃し、自分のポジションの正当性を説得力のある形で論じなければならない。ディベートやディスカッションを通じて、どれだけクラス内における自分の存在感を高めることができるか。他の学生から尊敬されるような貢献をすることができるか。これは成績にも関わってくる。クラス内で存在感のない学生は好成績を取れない。
    5. 成績が同学年の下位数パーセントに入る学生は、必ず留年する。相対評価である。成績が思わしくないことがわかると戦々恐々である。
    6. ビジネススクールの学生は、こんな生き地獄のような環境に、わざわざ年間300万円近く授業料を支払ってまで身を置くのである。

このようなビジネススクールの教育方法が、優秀な企業のマネージャーを育てるのになぜ効果があると考えられているのか。その答えの1つは、それが現実のマネージャーに求められるものに限りなく近いからだろう。以下に前述の特徴と対応するかたちで示そう。

    1. 現実のマネージャー・経営者が日々直面する情報量は尋常でないくらい膨大である。マネージャーは常に、そこから、重要な情報のみを読み取り、適切な意思決定をする必要性に迫られている。経営の責任者が「時間が足りなかった」「情報を見落としていた」のように言い訳をすることが通用するはずがない。しかも、とりわけ経営者は、自社のすべての部分に責任を負わねば成らない。わたしは営業畑出身だから生産のことはよく分からないなんて言い訳が通用するはずがない。自社の業務に関するあらゆる事柄、現場や職場で起こっているあらゆることに対して瞬時に理解し、問題があれば手を打たねばならない。
    2. マネージャー、経営者は、何が起こるかわからない現実で、常に身構えていなければならない。油断禁物。一般社員ならともかく、マネージャー以上になれば、毎日が緊張の連続なのである。それが永遠に続くのである。どんなことが起こっても責任をもって対処するだけの準備が常に必要。なぜなら、企業の責任をとるのは経営者に他ならず、部署の責任をとるのはマネージャーに他ならないからだ。
    3. マネージャーは、定時に出社し、定時に帰社するのみでは何の存在価値も無い。また決まった仕事をこなしていればよいというわけでもない。何らかの価値を生み出して企業に貢献しなければ、決して評価されない。
    4. 経営者やマネージャーには、リーダーシップ能力、ネゴシエーション能力といったヒューマンスキルは必須であり、これが無い者にはつとまらない。集団内において自分の存在感を高め、同僚や部下からの尊敬を勝ち取り、適切な形で他者を説得でき、自社を守るための交渉ごとはきっちりとこなし、勝利に向けて周りをぐいぐい引っ張っていけるだけの能力が求められる。
    5. どんな業界でも、すべての企業が勝者になることは皆無に等しい。必ず敗者が出てくる。下手すれば倒産、解散の憂き目に会う。そして、いつ自社がその立場になるかわからない。少しでも油断して業績が下がろうものなら戦々恐々である。ビジネスとは、数字ではっきりと結果の出る、クールで弱肉強食の世界なのである。
    6. 現実のマネージャーや経営者は、絶え間ないプレッシャーとストレスにさらされている。そのようなプレッシャー、ストレスに強いものしか生き残れない。そもそも、マネージャーや経営者になろうとする人というのは、そんな環境に自分から身を置こうとする人々なのである。

まとめるならば、ケースメソッドを主体とするビジネススクールで体験する内容は、現実の経営者やマネージャーが日々経験することに近い。それを、現実のビジネスに負けずも劣らないくらいの緊張感とプレッシャーの環境の中でまるまる2年間すごすことによって、身をもって経験するのである。そのような地獄のような環境は、実は、ビジネススクールを卒業して、重要なポジションにつけばつくほど、過酷さが増してくる。もちろん、その見返りとしての報酬は高給で、数年もすれば、ビジネススクールに支払った大金を回収できるほどであろう。そもそも、そういった環境を求めている人々が、大金を払ってでも事前にそれを体験し、来るべき本番に備えるためのトレーニングをみっちりと行なう場なのであろう。高い授業料を払って有名なスクールを卒業すれば、その後高収入のポジションにつけるので授業料は回収できるだろうなんて甘っちょろい打算的な考えで進む人は、実際、経営者やマネージャーとして成功することはないだろう。