アベノミクスと国際金融勢力

中原(2015)は、安倍首相が自らの経済政策を決定する過程において、ニューヨークのウォール街の意見を参考にしながら進めていることは、首相官邸を取材している大手メディアの記者にとっては周知の事実だと指摘する。例えば、安倍首相が2014年11月に消費税増税を延期して衆議院解散に打って出ることを決断できたのも、「たとえ消費税を延期したとしても、ウォール街日本株を売ることはしない」という確約を得ることができたからだと言われていると述べている。


日本のリフレ派(金融緩和によって低金利化と円安を誘導すべきとする有識者)の根拠として、アメリカにおける金融緩和の成功が挙げられるが、中原は、アメリカは積極的な金融緩和によってウォール街を中心に大企業や富裕層が景気回復の恩恵を大いに教授することができているが、中小企業や一般国民の間では景気が回復しているとはとても実感できる状況ではないと論じる。


量的緩和によるドル安がアメリカにもたらしたのは、主に、大企業の収益向上による「株高」、輸入価格の上昇による「物価高」の2つになると中原は解説する。その結果として、所得の大半を株式の配当や売却益で得ていrアメリカの富裕層の資産や所得が順調に増えていく一方で、市井の暮らしをしている一般庶民には、ドル安がもたらす物価高で生活コストが上昇し、実質賃金が下がり、生活が一層苦しくなったのだと指摘する。つまり、アメリカが志向している株主資本主義の本質は、庶民から富裕層への所得移転であり、このような搾取のシステムを通じて富裕層と庶民との格差が絶望的なまでに広がってしまっているというのである。


中原は、安倍政権が、世界に誇っていい日本の企業風土を、ニューヨークのウォール街の意向によって変えようとしているのだと指摘する。つまり、安倍首相はウォール街の助言をもとに、アメリカ型の株主資本主義の傾向を強めることによって、日本の企業の利益率を引き上げようとしているのだという。これはどういうことかというと、1株あたりの利益が大切である株主からの企業経営への圧力を高めることによって、企業利益を高めるいちばんてっとり早い方法、すなわち、労働者の大量解雇か大幅な賃下げを促そうということである。そうなれば、アメリカのように、株高の恩恵を受ける富裕層と、円安による物価高と解雇や賃下げで実質的な所得低下に苦しむ一般庶民との格差が広がることは必至である。


アメリカ型株主資本主義と企業経営の関係は、雇用維持を再優先してきた日本の企業風土とは対照的であると中原は示唆する。「失われた20年」というが、日本企業が雇用を守るために賃上げを抑制した結果としてデフレになったのであり、むしろデフレの時のほうが庶民の実質所得が高く、国民の生活が豊かであったと指摘するのである。