組織はモチベーションを弱めるために存在する


高いモチベーションこそ重要だと考えられるのが普通なのに、組織がモチベーションを弱めるために存在するなどといったら意外に思うかもしれない。しかし、これは組織(企業)の本質にも絡んだ論点である。組織は、特定のモチベーションを弱めるために存在するといってもよいのだ。


組織と対比して考えられるのが「市場」である。最近では、市場主義といった言葉も見られるし、組織内に市場原理をもっと導入せよという人もいる。市場ですべてが解決するならば、なにも組織などいらないということだ。しかし、市場においては、特定のモチベーションを高める「強いインセンティブ」が存在し、そのインセンティブが強すぎるために問題が起こるのである。それは、「自己利益の追求」というモチベーションを高めるインセンティブである。組織は、これを弱めるために存在するのである。


アダムスミスは「見えざる手」という表現によって、市場制度のもとでは、各主体が自己利益のみを追求するように動けば、自然と全体が効率的になることを説いた。例えば、売る人はできるだけ高く売りたい、買う人はできるだけ安く買いたい。ひたすらそれを追求すれば、市場は全体としても価値が最大化するところで均衡する。買い手が売り手の気持ちを思いはかって価格を下げてあげようとか、買い手が売り手に同情して高くても買ってあげようとか考える必要はないのである。


「自己利益の追求さえすれば全体としてもうまく調和する」というのが古典的な市場理論の基礎であり、わが国でも近年さかんに言われてきた「市場原理の導入」という風潮も、この考えを反映している。しかし、これが本当に万能なのかというとそうではない。その1つが、今般のライブドア事件である。これは、市場原理が浸透したことによって、自己利益を追求するモチベーションが高まりすぎたために、行動が不正や犯罪にまでエスカレートしてしまったのである。市場原理というのは、ある意味、刺激が強すぎるのである。刺激が強すぎるあまり、人々は、自己利益を最大化するためには(法律で禁じられていなければ)何をやってもいいという態度につながり、それが、法律の範囲ぎりぎりのところまで追求する姿勢にもつながり、抑制が効かなくなればどこかで一線を越えてしまうわけである。


わが国が市場原理導入の見本とするアメリカにおいても、エンロン事件をはじめ、数多くの自己利益の過度な追求がもたらした事件が後を絶たないのである。ただ、自己利益の過度な追求がよくないのは、不正や犯罪につながるからのみではない。アダムスミスのいうような市場原理は、一定の条件が整わなければ成立せず、多くの場合、市場は効率的に機能しない。そのような状況のもとでは、全体としての効率をあげるためには、自己利益の追求と同時に、他者への協力や利他的な行動が必要となる。しかし、自己利益へのモチベーションが過度に強ければ、協力や利他的な行動はないがしろにされるのである。例えば、企業経営に過度な市場原理を導入する場合、従業員が過度に攻撃的になったり、他人の足を引っ張ったりするようになる懸念があるのである。


したがって、市場にさらされると起こる過度な自己利益追求へのモチベーションをなんらかのかたちで弱めなければ、全体としてうまくいくために必要な助け合いの行動や協力行動をひきだせない。そこで登場するのが「組織」なのである。組織を形成し、メンバーを組織内部に取り込むことによっていったん市場から隔離し、組織のメンバーと一定の約束事(契約)を取り決めることで自己利益の追求へのインセンティブを弱めるのである。極端ではあるがその典型的な例が「年功序列賃金」である。年功序列であれば、例えば、自分の仕事の業績が同期のメンバーよりも高くても給料は変わらないので、市場にさらされているときのような自己利益追求のモチベーションは弱められる。むしろ、企業全体の業績が高まれば、その分け前としての給料も増加するので、仲間と協力しあいながら全体としての業績向上を目指そうとする協力的行動がひきだされやすい。自己利益へのモチベーションが弱まったおかげで、協力や利他的行動がもたらす価値にも目が向くようになるのである。


組織は、人々の自己利益追求への過度なモチベーションを弱め、その代わりとして、全体としてうまくいくために必要な協力行動や利他的行動を引き出す役割を担っているのである。もちろん、自己利益の追求を完全に否定するような制度を作ってしまえば、それは社会主義経済のようになってしまう。「健全な」自己利益の追求は人間にとって必要であるのは言うまでもない。

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