21世紀アジアのグローバルバリューチェーンと日本の立ち位置

後藤(2019)によれば、雁行形態論が示す通り、日本は20世紀後半にはアジア経済ダイナミズムの中心にいたが、21世紀になるとアジアは多極化時代を迎えた。後藤が示す統計データによると、世界におけるアジアのGDP比率は、1968年の10%から、2018年には28%にまで上昇している。一方、アジアの中での日本のGDPが占める割合は、1968年には58%、1988年には78%となり、日本1国で、それ以外のアジア12カ国のGDP合計の4倍近い経済規模を誇っていた。それが、2018年には21%まで減少した。つまり、日本を除くアジア12カ国の経済規模が、2018年には日本の3.7倍になった。


これは、アジアにおける各国の経済水準が後発国メリットを生かしてキャッチアップし収斂に向かっていることでアジア経済が日本一極の時代を脱し、本格的な多極化時代を迎えたことを意味すると後藤は言う。そして、その理由が、多様なプレーヤーが主体的な役割を果たし、グローバル・バリューチェーンを組織し始めたことでアジアの経済統合が進んでいるからなのである。つまり、21世紀に入ると、企業の経済活動が一国内で完結するフルセット型から、国境を越えて組織化される国際ネットワーク型へとシフトし、生産の統合から分散への移行が起こっているのである。複数の国に立地する多様な企業が、細分化された生産工程の分業関係を通じて繋がり始めたのだ。フルセット型産業から国際分業に移行する「グローバル・バリューチェーンの時代」を迎えたのである。


アジアの経済統合と国際生産ネットワークの展開における鍵概念が「フラグメンテーション」と「アグロメレーション」だと後藤はいう。フラグメンテーションとは、1つの企業や国の中で統合されていた生産フローがいくつかの生産プロセスに分断され、それが国境を超えるかたちで分散立地するようになることである。アグロメレーションとは、分散された生産フローにおける特定の工程が同じ場所に集まるようになることである。これら2つの異なるダイナミズムの相互作用が、グローバル・バリューチェーンの展開を支えているというわけである。


ではなぜ21世紀になってアジアはグローバル・バリューチェーンの時代を迎えたのか。1つ目の理由は、サービス・リンク・コストの著しい低下である。サービス・リンク・コストとは、フラグメンテーションにより各工程が企業や国の枠組みを超えた広がりを持つようになる場合に、異なる工程・機能をスムーズにつなぐための費用である。これが、ICTの発展、国際貿易の関税障壁の低下、国際物流コストの低下などで大幅に下がったのである。2つ目の理由は、産業を超えて機能や工程、タスクが比較優位のベースになったことである。フラグメンテーションの進展で工程レベルの比較優位が重要となり、アグロメレーションによって特定の工程や機能を担う企業が正の外部性効果を通じて地理的に集積するようになったということである。つまり、フラグメンテーションによる生産工程の効率的な地理的再配置と、アグロメレーションによる収穫逓増による個別工程の効率性向上の組み合わせ、すなわち集合的効率性が源泉となったのである。


製品・工程アーキテクチャの変化も、アジアのグローバル・バリューチェーン化とそのガバナンス構造の変化に大きな影響を与えていることを後藤は指摘する。それは、各部品の擦り合わせが重要なインテグラル型から、標準化された部品のインターフェースを定めて部品を組み合わせるモジュラー型への移行である。モジュラー化により、これまで技術の内部蓄積が浅かったアジアの企業にも参入経路が開かれ、これらアジア企業によりグローバル・バリューチェーンへの参加を通じて工程、製品、機能の高度化も果たしつつある。分野によっては、日本以外のアジア企業が実力をつけてアジアを牽引するようになったのだと後藤はいう。また、モジュラー化の進展で部品の代替可能性が高まり、生産フローの各々の工程や機能の外部化が容易になると、グローバル・バリューチェーンのガバナンス形態が階層組織型から市場型へ移行し、企業間の力関係の変化が誘発されるようになっている。


以上見てきたように、21世紀になってアジアはグローバル・バリューチェーンを主導し、アジアは、域内の生産分業体制で「世界の工場」としての競争力を発揮し続けているのみならず、今や世界の「消費者」と「投資家」としても存在感を示し始めたと後藤はいう。ICTとデジタル技術を核とした新しいイノベーション・エコシステムの興隆も著しい。今や世界のGDPの4分の1をアジアが占め、その規模はすでに北米経済圏と並び、欧州28カ国を超えた。この中で日本は、アジアの企業が組織し、統括するグローバル・バリューチェーンに積極的に「組み込まれる」ことで、新たに拡大するビジネス機会を模索していく必要があると後藤はいう。例えば、他者の主導するグローバル・バリューチェーンの特定の工程・機能において代替が利かないようなユニークなポジションを築く。日本固有の仕組みとは異なる要素を含む多様性に柔軟に対応する。これらを通じて、アジアと共に未来を築くのが日本の役割なのだろうと後藤はいうのである。