ケースメソッド教授法の動機付け理論からの検討


ケースメソッドは、ハーバードビジネススクールで多用されていることでも有名な、企業のケースを用いたクラス全体でのディスカッションを主体とする授業のことを指す。一般的に、ケースメソッドを用いた授業の良し悪しを決めるのが、ケース(教材)、授業に参加する学生の能力、そしてケースリーダー(講師)のスキルの3つであるといわれている。


ここでは、主に「内発的動機付け理論」を用いて、なぜケースメソッドが学習効果が高いのかについて検討してみたい。つまり、ケースメソッドが学習効果を高めるのは、受講者のトピックに対する内発的な動機付けが高まるから(とにかくケースを読んだりディスカッションに参加すること面白いから)であると考えるのである。内発的な動機付けが高ければ、外的な報酬がなくても人は自発的に課題に取り組むようになる。つまり、成績や学位のために勉強する(=勉強は手段)ではなく、勉強そのものが面白くなる。よって、結果的に学習成果が高まるのである。好きなものをやっているときは夢中になり、その結果ものごとの上達が早いのと同じである。


心理学者デシによると、内発的動機が高まるのは、次の2つの要素が高まるときであるとされる。それは「コントロール感」と「有能感」である。コントロール感というのは、自分が何者かにコントロールされているのではなく、自分が何かを操ることができる、つまり自由に意思決定をすることができたり、環境に働きかけたりすることができることを意味する。有能感とは、読んで字のごとく、自分の能力が高いことを認識することである。わかりやすい例で言えば、子供が何故ゲームに熱中するかといえば、ゲームという世界では、親や学校にコントロールされている現実とは違い、子供が自由に主人公その他を操ることができるというコントロール感が味わえ、かつ、やればやるほど上達することによって、自分自身が有能であるという感覚を味わえるから、寝食も忘れて熱中してしまうというわけである。逆にいえば、いくらやっても負けてばかりで一面さえクリアできないようなゲームが面白いはずがないのである。


さて、この「内発的動機付け」の原理を用いてケースメソッドを分析するならば、ケース・ディスカッションに取り組むことによって、受講者の間で、先に述べたようなコントロール感と有能感の両方が味わえるから、それがケースディスカッション自体の面白さを増大させ、夢中になってしまうということができる。もちろん、それが可能になるのは、先ほど挙げた、ケースの質、学生の能力、ケースリーダーのスキルが三位一体となったときである。


まず、成功するケースディスカッションというのは、ケースリーダーは司会役あるいは行司役に徹し、ほとんどのディスカッションが受講者間で行なわれる状況になった場合に多い(ただし、それでいて議論が変な方向に行かないようにするところにケースリーダーの技量が問われる)。このような状況のもとでは、受講生がディスカッションをリードしている、つまり議論の流れをコントロールしている感覚を味あわせる。これは、講師があらかじめ用意したシナリオにもとづいて無理やり議論をそちらに持っていこうとしたり、講師から一方的に知識を受講生に伝達しようとするようなやり方とは異なる。そのような講師のもとでは、コントロール感は味わえないだろう。


そして、ケースメソッドでは、クラス全体のディスカッションを通じて、受講生同士が学びあうという環境ができあがったときに学習効果が高まる。そのような状態の中では、よい発言をした人が、ケースリーダーや他の仲間から絶賛・感心されたり、他の受講生が知らない知識を提供できたという思いをすることによって、自分自身の有能感が味わえる。とりわけ、達成欲求・成長欲求の高い受講生にとっては、それが快感となる(逆に言えば、達成欲求や成長欲求の低い受講生ばかりのクラスではケースディスカッションはあまり学習効果がないだろう)。つまり、受講生の発言に対する、ケースリーダや仲間からの適切なフィードバックの存在によって、受講生は有能感が味わえるわけである。


上記に挙げたような、ケースディスカッションを通じて得られるコントロール感と有能感を味わえる醍醐味を知ったならば、受講生はさらなる快感を得ようと、ケースの予習を念入りにしてくるようになるし、ディスカッション自体にも熱がこもるようになる。よって必然的に議論は白熱し、盛り上がり、皆が「あっという間に時間が過ぎてしまう」という感覚を味わうようになるのである。


そういった受講生の内発的動機付けが高い状態のもとで、個々人がしっかりと課題に取り組み、かつディスカッションを通じて相互に学びあうという学習成果が最大化するのであろう。いうまでもないが、動機付けの側面のみが学習効果に関係しているわけではなく、その他にもケースメソッドの学習効果を説明するさまざまな視点があることを最後に付け加えておこう。例えば、教室での授業であっても、現実の意思決定に非常に近い状況(戦略、マーケティングといった分野の類似性のみならず、正解の存在しない状態で最善策を探し出すといった経営の特徴)でシミュレーションを行なうことが、実践の世界ですぐにつかえる技術や思考能力に直結しているからというような視点である。あるいは、クラスメートの発言やリーダーシップ能力などを観察することが、自分自身のソフトスキルに繋がるといった「モデリング学習」の視点である。


ハーバードビジネススクールのケースメソッドの説明
http://www.hbs.edu/case/case-print.html